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願い・・・ 第5章
whereabouts
2003年2月
有羽 作


  目が覚めてテレビをつけて気がついた。
今日は僕の17歳の誕生日だ。
このところずっと同じことばかり考えていて、秀明に話しかけられても上の空なんてことがよくあった。
16歳の誕生日も彼はお祝いしてくれた。
あれからもう一年経って、信じられないことに今年は恋人としてここでこんな風に一緒に生活している。

 今日はレッスンも仕事も学校もなかった。
彼も一日中家にいられるみたい・・・。
‘僕のために?’って聞いたら、‘馬鹿、たまたまだよ。’だって。
素直じゃないな。
一日中ふたりでいられるなんて久しぶりだった。
今日だけはなんにも考えずに秀明の側に寄り添っていたい。
辛い決断や難しい答えを探すのは今日だけは忘れていようと思った。
彼はちょっと出掛けてくると言って昼食のあと外出し、一時間ほどで戻ってきた。
コーヒーをいれるといったのになんだかそわそわして落ち着かない。
三時近くになるとしきりに時間を気にし始めた。
三時少し過ぎた頃、翼くんと斗真と山ピーが三人揃ってやってきた。
「ゆうき、みんなで出かけるから用意して。あっ、手ぶらでいいからね。」
と秀明に言われた。
「どこへ行くの?」
そう聞く僕に、みんなは
「着いてからのお楽しみ!」
と言って教えてくれない。
秀明が自分の車に乗り込むと、翼くんがさっさと助手席に座った。
斗真と山ピーはにこにこしながら僕の両側に回ると
「ゆうきは僕たちと一緒に電車で行こうね!」
といって腕を組んできた。
秀明は知らなかったらしく翼くんに
「ゆうきは一緒に行かないの?」
なんて聞いている。
僕はわけが分からずそのままふたりと一緒に電車を乗り継いで代官山で降りた。

着いた先はいつもお世話になっているメイクさんのスタジオだった。
‘なんで?’って思っていると
「はい、脱いで脱いで!」
なんてメイクさんにいわれた。
ふたりはいつの間にか別の部屋に行ってしまった。
あっけに取られていると、なぜか浴衣に着替えさせられて、鏡の前に座らされた。
女物の浴衣だった。
当然といえば当然なのだけれど、秀明の前でさえもいつもは男の子の格好ばかりなのでなんだか気恥ずかしい。
どんな顔していればいいのか分からなかった。
メイクさんはちょっと伸びたショートヘアを上手にまとめた上にウィッグをつけて、ロングヘアーのアップにみえるように髪をセットしてくれた。
アイボリーの地色に紫の桔梗をあしらった浴衣、帯は濃いピンクで裏の鶯色が少し見えるような結び方になっている。
髪飾りも浴衣に合わせて桔梗のモチーフになっていた。
髪のセットが終わると今度はメイクをされた。
ナチュラルメイクだけど、マスカラ、リップグロスまでしっかりと塗ったフルメイク・・・メイクアップされていくうちに僕の中で何かが変わり始めていた。
きっとこれが女の子に生まれた楽しさなんだろうなあ・・・自分の中に忘れていた女性としての思いが込み上げていた。

‘早く秀明に見てもらいたい。よろこんでくれるかなあ。’そんな思いが頭をよぎっていた。
「はい、できたわよ!どう?わたしが予想していたとおり、ゆうき凄く綺麗。男の子の格好ばかりじゃもったいないよ!」
メイクさんは鏡に映った出来ばえに満足そうな様子だ。
斗真と山ピーが部屋に入ってきた。
ふたりも浴衣に着替えていて一段と凛々しく見えた。
そしてこちらを見て目を丸くしている。
「ゆうき、すごくいいよ!きっと滝沢くんがみたら、どこかに隠したくなっちゃうくらい。」
「ねえ、外に出て写真撮ろうよ!」
ふたりはそういって、持ってきた荷物の中から籠で出来た小さめのバッグと下駄を取り出して僕に渡すと、今度はデジカメを取り出して外へ飛び出していった。
ビルの外でふざけながら写真を撮っていると、見覚えのある車が近づいてきた。
翼くんの車だった。
車から降りると浴衣姿の翼くんは僕たちのほうへ歩いてきた。
「びっくりだなあ・・・滝沢がみたらきっと心臓が止まって死んじゃうかもよ!」
そう言って、僕を見てにっこり微笑んだ。
「ゆうき可愛いね。飾っておきたいくらいだよ。」
「翼くんもすっごくいけてるよ!さすがにセンスいいってかんじ。」
モダンな柄の浴衣がとっても似合っていた。
「あれ!秀明は?」
いつもはみんなの手前‘滝沢くん’と呼んでいるのについ口が滑ってしまった。
「滝沢とは現地集合になっているの。だから三人を迎えに来たんだ。そうそう、それからゆうきの着ている着物とか小物は俺たち三人からの誕生日プレゼント。よかったら、来年もこの格好で俺たちとデートしてよ。なんなら個人的に指名してくれてもいいよ!」
と言って笑った。
「みんな、どうもありがとう!ずっと大切にするね。」
胸の中が温かい気持ちでいっぱいになっていくのが分かった。

僕は本当に幸せ者だ。
僕たちは翼くんの車に乗り込むと、途中飲み物やちょっとしたおつまみを買い込んで、横浜方面に向かって車を走らせた。
こんな夕暮れになってきたのに海辺でこの格好でキャンプでもするのかな?でも楽しいからいいや、もうすぐ秀明にも会える。
ずうっと海岸沿いを走っていくと‘第32回藤沢海岸花火大会’という大きな垂れ幕が見えてきた。
いい感じに日も暮れてきて、海岸沿いには屋台の出店がいっぱい並んでいて、ちょっとした縁日のようだった。
「あっ!滝沢の車があった。よし、ここで車を止めるから、二人はゆうきが見えないように後ろに隠して。」
そう言って翼くんは車を止め、秀明の姿を見つけると駆け寄って行った。
僕たち三人も車から降りた。
ふたりは僕の前に立ちはだかると前方からの視界をさえぎった。




 今日はゆうきの17歳の誕生日だ。
最近、元気がないように見えていたけれど‘今日は一日予定がない’といったら朝から鼻歌なんて口ずさんで、やっぱり沈んで見えたのは気のせいだったのかな。
予定がないなんていったけれど、ゆうきには内緒で今日はあいつを連れ出さなきゃならない。
それにその前に俺からの誕生日プレゼントを用意する為、昼食後ひとりで青山まで車を走らせた。
一緒に行きたいって駄々をこねるゆうきをなんとかごまかして外に出た。
数ヶ月前にオーダーしておいたペアリング。
それほど高価なものではなかったけれど、それは世界にたったふたつだけのものだった。
そして、そこにはまぎれもない、俺の彼女に対する気持ちが刻まれていた。
リングの包みを受け取ると俺は急いで家へ戻った。

予定の時間を少し遅れて翼、斗真、山下の三人が迎えに来た。
「あれ、翼、車できたんじゃないの?」
なんていっているうちに、翼はさっさと俺の車の助手席に座り込んだ。
あとのふたりはゆうきを連れて駅の方角へ歩き始めている。
わけが分からずにいると、
「ただ花火を見るだけじゃ、芸がないだろう。とにかく俺んちまで運転してよ。」
といって、翼はいつものいたずらっぽい表情になった。
「おい、何を企んでいるんだよ?」
運転しながら問い詰めると、
「企んでいるなんて人聞きの悪いこと言わないでよ。俺はいつもゆうきとお前のこと考えているんだから。まあ、あとのお楽しみ・・・。」
と言って翼は楽しそうに笑った。
久しぶりに藤沢の翼の実家を訪れた。
翼のお母さんが笑顔で俺たちを出迎えてくれた。
「滝沢くん、お久しぶり!いつも翼がお宅へお邪魔してすみませんねえ。」
そういってお母さんは冷たい麦茶と煎餅を出してくれた。
「翼の着替えを手伝ってくるので、ここでしばらくくつろいでいてくださいね。」
そう言うとお母さんは奥の部屋へ消えてしまった。
まったく二十歳になってもあいつは母親に着替えを手伝ってもらうのか?・・・。
などと思っていたら、
「じゃーん!どう、いかしている?」
なんと浴衣姿の翼が得意げな顔をして奥の部屋から戻ってきた。
「待たしておいて、何かと思ったらそういうことか。」
そう俺が言い終わらないうちに、
「母さん、今度は滝沢の着替え手伝ってあげて。えーっと、六時半に海岸の出店がある辺りに適当に車止めて待っていて。俺はこれからみんなを迎えに行くからさ。」
翼はそう言うと時計をきにしながら、玄関を飛び出していった。
あっけにとられていると、お母さんに
「じゃあ、滝沢くんも着替えましょうか。翼よりがっちりしているから、浴衣きっと似合うわよ。」
と促され、俺も着替える羽目になった。

 浴衣に着替えた俺はお母さんと翼のドヂ話でひとしきり盛りあがったあと、待ち合わせの海岸に車を走らせた。
いつものことだが約束の時間になっても翼の車はやってこなかった。
案の定、15分くらい遅れて翼たちはやってきた。
「悪い、悪い・・・写真撮ったり、飲み物を買っていたら遅れちゃった。滝沢、心の準備出来ている?ゆうきを見たら心臓止まっちゃうかもしれないからさ・・・。」
なんて言って、早くゆうきの顔をみたい俺の視界をさえぎっている。
「あんまりじらしても可哀想だから合わせてあげるか。それじゃあ、ごたいめーん!」
翼の言葉とともに斗真と山下が後ろに隠れていたゆうきを押し出すようにして俺の前に連れてきた。

「・・・・・・・・」
俺の目の前にいるのは確かにゆうきだった。
でも、ふたりきりになると俺の周りをじゃれつくようにまとわりついてくる、どこか少年のようなゆうきとは違っていた。
桔梗の古典柄の浴衣を着た彼女はドキリとするほど色っぽかった。
メイクもゆうきの整った顔立ちをさらに引き立てている。
あの夜、‘あなたのすべてを受け入れたい’そう言ってまっすぐに俺を見つめてきたゆうきを思い出していた。
「おいおい、見とれてないでなんかいってあげろよ!」
翼があきれてそう言った。
「ああ、ごめん。ま、孫にも衣装って感じ。」
とまどいのあまり心にもないことを言ってしまった。
ゆうきはちょっとふくれていた。
おもむろに翼が
「これ俺からの誕生日プレゼント。」
と言い、俺の背中を押したのでゆうきに抱きついてしまった。
「いらないって言いたいところだけれど、せっかくの翼くんからのプレゼントだから仕方ない。もらっとく。」
ゆうきはそう言うとふくれっ面で、俺の手を握ったままそっぽをむいた。
「斗真、山ピー、キャンプ用のテーブルとか積んであるからセッティング手伝って。滝沢とゆうきは屋台で何か買ってきてよ。」
翼はそういうと俺にだけきこえるように
「なんとかうまくやれよ!」
そう耳打ちしてウィンクした。

俺たちは車を停めているところから、屋台が並んでいる方向へ歩き出した。
ゆうきはまだ少し怒っているようで、なんだかふたり微妙な距離をとって歩いていた。
‘やばい。なんとかしなきゃ!’俺は内心かなり焦っていた。
しばらく歩くとキャラクターのお面がいっぱい並んでいる店があった。
そこで俺は仮面ライダーのお面を買ってかぶった。
飴細工をみているゆうきの後ろから近づいて
「いいでしょ、これ。これなら誰だかわからないよね。」
と振り向いた彼女に言った。
「それから、こんな使い方もできるんだぜ。」
そういって、屋台の横の大きな木が影を落としている少し薄暗くなっている所へゆうきをひっぱっていくと、かぶっていたお面をとった。
そしてそれで通行人の視線をさえぎるようにしてゆうきにキスした。
俺から身体を離すと彼女は言った。
「あまり心がこもっていないけれど許してあげる。」
それから俺たちは、なんとなく松林の向こうの海岸へ人目を避けるようにしてたどり着いた。
花火が夜空に上がり始めて、見物人の歓声がすこし遠くに聞こえていた。
砂浜に朽ち果てたボートが置き去りにされていて、その逆さまになった船底に彼女の持っていたハンカチを敷いて座り、俺たちはしばらく花火を見ていた。

「ゆうき、俺からの誕生日プレゼント。気に入ってくれるといいんだけれど。」
俺はたもとに入れていた小さな包みを取り出すと彼女に渡した。
ゆうきは嬉しそうにその小さい包みを開いた。
包装紙に包まれていた小さい黒い箱を開け、中に入っているシルバーのリングを取り出し左の中指にはめた。
「普通そうじゃないでしょ。こっちだから。」
俺は彼女の中指からリングを抜き取ると、それを薬指にはめた。
「いいの?」
ゆうきはじっと俺の目を見つめた。
「当たり前だろ。ほら、俺も。」
そう言って俺はゆうきに向かって自分の左手を見せた。
「でも、ごめん。外では薬指にはできないかも・・・。」
「わかっている。でも、いいの。テレビに出ている秀明も、わたしの横で眠っている秀明も両方愛しているから。」
ゆうきの瞳が心なしか潤んでいるようにみえた。
「あれ、今、‘わたし’っていった?」
「うん。‘僕’って言ったら翼くんに‘今日だけでも女の子らしく話さないと駄目だよ’って注意された。それに秀明に少しでも可愛いって思われたいから・・・。これ、どうもありがとう!涙が出そうなほど嬉しい。大切にするから。」
ゆうきはそういい終えると、俺の肩に手を掛けて自分からキスしてきた。
短いキスをして身体を離すと、俺は呟いた。
「もうこれで終わり?こんなんじゃ物足りないよ。」
左手でゆうきの頬に触れた。そっと目を閉じた彼女の顔を夜空の花火が明るく照らし出した。
今度は両方の腕で彼女の身体をしっかりと抱きしめ、優しく唇を重ねた。
ゆうきの愛しくやわらかい感触を感じながら花火の賑やかな音が俺の頭の中でいつまでも鳴っていた。





   「い、痛い・・・力はいり過ぎ・・・。」
秀明の抱きしめている腕の力が強くて思わず唇を離すとそう言った。
「ごめん。」
彼はすまなそうに抱いている腕の力を緩めた。
「そろそろ何か買って戻らないと、翼たちが心配するね。戻ろうか。」
そう言って、人通りのするほうへ向かってどんどん歩いていく秀明の後ろを追うようにしてついていった。
うまく歩けない僕を気に掛けるように彼は途中振り返って、そんな仕草がうれしくて思わず腕にしがみついた。
ここまで来たときは怒っていたのであまりよく見ていなかったけれど、浴衣を着た秀明はまわりの誰よりも素敵だった。
ドラマ用に黒く染めた髪の色とロケ焼けで浅黒く日焼けした肌が、白地に青と緑の波の古典紋様を描いた浴衣によく映えていた。
そしてときおり袖口から覗く逞しい腕にドキっとした。

 僕たちふたりが食べ物の袋を下げてみんなのところに戻った頃、花火大会も佳境を過ぎていた。
「もう、どこ行っていたの。もうすぐ終わっちゃうよ!」
斗真がそう言った。
「あ、滝沢くん、それいいな。」
秀明の頭にのっているお面を見て、山ピーが羨ましそうに言った。
「あれー、滝沢、口になんか付いてない?・・・ふーん、そうか、どおりで仲直りしたはずだ。」
そういうと翼くんはにやりと笑った。
秀明は慌てて右手で唇を拭った。
さっきのキスで僕の唇のグロスがちょっぴりついてしまったのかな・・・。
ふたりしてみるみるうちに顔が赤くなってしまった。
「うそだよ。なんにもついてないよ!」
翼くんがそういうとあとのふたりも笑っている。
「ひどーい!」
そういったら、
「いいじゃない。仲直りしたんだから。ゆうきも俺に感謝してよ!」
そう言われて返す言葉がない。
翼くんてほんとに、子供なんだか大人なんだか分からない。
そんなやりとりをしている間に花火大会のほうはファイナルに近づいていた。
にぎやかな色彩の光が星屑のように夜空を次々に彩って、僕らは瞬きする暇もないくらいその美しい光の競演に見入っていた。
そして、割れんばかりの拍手とともに夏の夜の夢は幕を閉じた。
「今日はみんなどうもありがとう!17歳の夏の素敵な思い出ができたみたい。」
そう言って僕は一人一人の頬にキスした。
みんなは‘顔洗わないよ!’なんていいながら翼くんの車で帰って行った。
秀明は
「俺にはしてくれないの?」
なんていうから、
「さっきしたから終わり。」
と言ったら、またキスされそうになって車に逃げ込んだ。
そして僕たちふたりもやっと帰路についた。

 その夜はすごく楽しかったはずなのに、家へ着いてからはお互いなぜか無口だった。
なんだか少しはしゃぎ過ぎて疲れたのかな?胃がむかむかしてトイレで吐いてしまった。
秀明に心配かけたくなかったのでそのまま何事もなかったかのようにリビングに戻った。
彼も明日の朝は早いみたいでもうバスルームにいる。
僕の左の薬指には秀明から送られた指輪が光っていた。
さっきは月明かりであまりよく分からなかったけれど、そこにはメッセージが刻まれていた。

     My Eternal Heart
   To Yuuki  from Hideaki
       2002, 7.28


この気持ちは‘永遠’のもの。
僕はそれが儚くて形もなく、それでもずっと消えることのない胸の痛みだと知っていた。
そして今日一日が終わりを告げようとしていた頃、僕はある決心をしていた。


                    
つづく


                             

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