願い・・・ 第4章 whereabouts |
2003年2月 有羽 作 |
僕らが家に着いたのは6時半近くだった。 途中スーパーで肉や飲み物を買った。 みんな、特に急遽参加することになった三人はかなりテンションが上がっていて、スーパーの中でも目立っていて恥ずかしかった。 みんな揃うとさすがに秀明と翼くんは兄貴というかんじで落ち着いていて頼もしく見えた。 さっそく食事の用意をすることになり、当然のように秀明が台所に入っていった。 亀ちゃんが手伝うと言って台所に入っていこうとしたら 「亀はいいよ。ゆうき手伝って。」 と秀明に言われた。 しょぼんとした亀ちゃんの手にタッチして僕が替わりに台所に立った。 僕がスープとサラダを作っている間、秀明が野菜を切って皿に並べてくれた。 料理は得意だし、いつもは時間のある僕のほうがほとんど作っていた。 小声で 「ごめんね。」 と彼に言ったら、 「成り行き上仕方ないよ。」 といって彼は微笑んだ。 やっと食事の支度もできて、皆でリビングのテーブルを囲んだ。 僕は秀明と翼くんの間、秀明の向こう側に仁が座った。 十代の育ち盛りの男の子たちの食欲は凄まじいものがあった。 僕は普段から食が細かったけれど、秀明と翼くんも皆に圧倒されているようであまり食べていないみたいだった。 「ねえ、ゆうきってさ、週に何日くらいここにくるの?」 また仁がそんなことを聞いてきた。 口ごもっていたら 「さっき隣のベッドのある部屋に制服あったんだけれど、ゆうきのネームが付いていた。ひょっとして滝沢くんが好きだからってここに入り浸っているんじゃないの。もう住んじゃう勢いだったりして。」 ハセジュンがそんなこと言ったものだから、秀明はおもいっきりむせてしまった。 そしてコップのウーロン茶を一口飲むと気を取り直して、話を切り出した。 「いい機会だから、本当のことを話すよ。ただ今から話すことは、ここにいる人間以外知っているのは風間だけで、いくら仲間でもほかのやつにはぜったい公言しないでほしい。翼と斗真と山下はもう既に知っていることなんだ。だからあとの三人のことも俺は信じているから絶対に秘密を守ってほしいんだ。信じてもいいよね?」 仁、亀ちゃん、ハセジュンの三人の顔がさっきまでと違って真剣な表情になって、秀明に向かって頷いて見せた。 「実は俺とゆうきは三ヶ月前くらいからこの家で一緒に生活しているんだ。つまり同棲しているんだ。」 「え?でもそれって同棲じゃなくて、同居っていうんじゃないんですか?」 すかさず亀ちゃんが言った。 翼くんが心配そうな表情になったのがわかった。 僕は覚悟を決めて真実を言おうと決心した。 「みんな、今まで嘘をついていてごめん。僕、本当は女の子なんだ。もちろん社長も承知の上でJr.に居るためにずっとみんなを騙してきたんだ。ごめんなさい。」 僕はそういってみんなの前で頭をさげた。 「嘘だろ!」 「そういわれればおかしいと思ったことがあったんだよね!」 三人は口々にそういった。 「俺とゆうきは恋人同士として付き合っている。そのことも、一緒に住んでいることも社長は了解してくれた。でも、手放しで賛成しているわけではないと言われたんだ。こういう仕事をしているからには仕方のないことかもしれない。でも、俺は適当な気持ちでゆうきと付き合っているわけではないし、みんなにも認めてもらいたいし、社長にもいつかはぜったい認めてもらえるようなふたりになりたいんだ。」 秀明は真剣な口調でそう話した。 「・・・なんか感動しちゃったな。ちょっとびっくりしたけど。」 ハセジュンが言った。 「俺、滝沢くんとゆうきのこと応援します!ふたりとも大好きだし。」 亀ちゃんが言った。とてもうれしかった。 「今気付いたけれど、俺、ゆうきのこと好きだったのかも。男だと思っていたから、俺って変なのかな?ってちょっと悩んだりしたことあったんだよね。でもまともな感情だったんだ。」 仁が突然そう言い出した。 「なにどさくさに紛れて告白してんだよ!でも残念でした。ゆうきは俺に恋してんの!」 秀明がむきになって仁に向かって怒鳴ったのでみんな爆笑した。 翼くんが秀明をなだめた。場がすこし和んだ。 張り詰めた空気が緩んだせいか、再び皆の旺盛な食欲に火が点いた。 「そうかそういえばさ、前にゆうきに胸の傷痕見せてって言ったら、いいよって言ったけれど本当に見せてくれるつもりだったの。」 仁が思い出したように聞いてきた。 僕はみんなの前で肌をみせない言い訳を‘心臓が悪くて、胸に手術の傷痕がケロイド状になって大きく残っている’と言っていた。 「こんなこと言ったらなんだけれど、仁て案外臆病でしょ。いいよっていっても絶対見ないと思ったんだ。でも内心びくついていたのだけれどね。」 「ちぇっ!見くびられているなあ・・・。」 そうつぶやいて仁はまた皆の笑いを誘っていた。 「でもゆうきって本当にもてるよね。俺が知っているだけでも滝沢のほかにゆうきに恋していた奴が三人もいるよ。滝沢、愛想尽かされない様にしっかり捕まえておかないと、これから先おもいやられるぞ!」 翼くんがそう言った。 「ご心配なく。ゆうきは俺にぞっこんなの。今朝も俺と離れたくないからレッスンにいけないって言うんだよ。困っちゃうよ!」 そう大袈裟に言って眉をひそめてみせた。 秀明ったら、いくらなんでもこの場でそんなこと言わなくてもいいのに・・・。 「うっそー!この人また大袈裟なこと言っているよ!ゆうき嘘だって言ってやってよ!」 斗真が慌ててぼくのほうを見た。 「うそ・・・じゃないかも。半分ほんとう。」 僕はそういいながら赤面した。 「あーあ!もうやってらんない!早く食ってとっとと帰ろうぜ!」 山ピーが叫んだ。爆笑になった。 それから僕たちの楽しい時間はあっという間に過ぎていった。 もうすでに10時近くになっていた。 車で来ていた翼くんと秀明がみんなを送って行くことになった。 僕はみんなを見送ろうと玄関先に立った。 「今夜は楽しかったね。また、いつでも遊びに来てよ!」 僕がそう言うと、秀明がすかさず言った。 「そんなこと言うとこいつらほんとに来るよ。いいか、お前ら少しは遠慮しろよ。ま、月一くらいならいいけどな!」 「滝沢、俺は特別でしょ?ね、ゆうき!」 翼くんが僕に向かってウィンクした。 「もちろん!」 僕と翼くんが顔を見合わせてにっこりすると、秀明はかなりあせっているようだった。 「ほら、もう行くぞ翼。」 そう言って秀明がドアを閉めようとすると、 「ちょっと待って!ダーリンいってらっしゃい。チュッとかないの?」 とハセジュンが後から叫んだ。 「馬鹿!そういうのはお前らがいない時にこっそりやるからいいの。ゆうき鍵閉めちゃって!」 そう言って今度こそ本当にドアを閉めた。 扉の外で 「あー、やっぱりやってんだ!」 とか 「うるさい!」 とか聞こえてきて僕は一人で笑ってしまった。 みんなが帰ってしまった後の部屋はさっきまでの賑やかさが嘘のようにシーンと静まり返っていた。 台風が去っていた後のような残骸を僕はひとりで片付け始めることにした。 気持ちはとっても満ち足りていた。 愛する人の他に僕にはかけがえのない親友、そして仲間がいることを実感していた。 父や母が亡くなってから、ひとりで凍り付いていた心の湖の氷が少しずつ融けてゆくのを感じていた。 彼が戻って来たのは12時過ぎだった。 「疲れたでしょ。ご苦労様。」 僕はそう言って缶ビールを秀明に渡した。 「ありがとう。でも俺よりゆうきのほうが疲れたでしょ。これからもあいつらにからかわれるかもしれないけど悪気はないからさ、許してやってよ。ほんと、ゆうきと違ってどいつもこいつも子供だからさ。」 そういいながら台所で手を洗っている彼の背中に僕はそっと抱きついた。 「僕も・・・充分子供だよ。本当はいつも背伸びばかりして、つっぱって今まで来たんだ。そうしなきゃひとりで生きられなかった。秀明に出逢うまでは・・・。」 彼はちょっと驚いた顔をして振り向き、僕を抱きしめながら言った。 「いいんだよ。俺の前では在りのままのゆうきで。ゆうきは頑張ってばかりでいつかポキッて折れちゃうんじゃないかって心配なんだ。俺にはもっと甘えろよ。まだまだ足りないよ。」 そういう彼のやさしい言葉になぜだか涙が込み上げてきた。 もう我慢できずそのまま彼の腕の中でわんわん声をあげて泣いてしまった。 「しょうがねえな。気が済むまで泣きなよ。」 そういって彼の手は僕の背中をぽんぽんと叩いた。 さっき僕の中で融け始めた湖の氷はどうやら洪水になって溢れだしてしまったようだった。 ◆ 翌朝、冷たい感覚で目が覚めた。 秀明が凍らせたおしぼりを僕のまぶたの上に乗せたのだ。 びっくりしておしぼりを掴んで目を開けると、彼が心配そうに覗き込んでいた。 「やっぱり少し腫れぼったくなっちゃったね。ごめん、直じゃちょっと冷たすぎるか。でもすぐに温まっちゃうからもう少し我慢して。」 そう言われた僕は慌てて鏡のまえに立った。 ひどい顔だった。 結局、ベッドに入ってからも涙がとまらず秀明の胸の中で泣きじゃくっていた駄目な僕。 「昨夜はごめんね。でもね、こんなにも甘えられる人がいるなんて、僕は幸せなんだって実感したんだ。」 「謝ることは無いよ。それより学校行くまで、冷やしていたほうがいいんじゃない。」 彼はまた心配そうな顔をした。 不謹慎だと言われるかもしれないけれど、端正なその顔が一瞬憂いを帯びる時、なんて綺麗なのだろうって僕はいつもみとれそうになる。 僕を思いやってくれる彼のそんな表情がたまらなく愛しく思えた。 朝食の用意をしようとおしぼりを瞼にあてたままリビングに行こうとしたら、バッグの中にいれたままの僕の携帯の着信音が鳴った。 誰だろう、マネージャーさん?・・・。 「はい。水村です。」 「・・・ゆうき?」 ちょっと驚いた。その声の主は社長だった。 マネージャーさんにスケジュールを確認したらしく、学校が終わり次第、事務所に来るように言われた。 秀明に不安そうに‘なんだろう?’と言ったら、‘大丈夫だよ。いい話かもしれないよ。’と彼は言って、‘ビビリ過ぎ!’と笑った。 そして、いつもの朝とは違った空気が二人を包んでいた。 僕たちが結ばれてから初めてふたりきりになれた朝。 こんな日が来ることをずっと夢に思い描いていたのに、ここまで来るのにずいぶんと遠回りしてしまった。 彼もきっと同じことを思っているのかもしれない。 僕たちは黙って見詰め合っているだけでよかった。 開け放した窓から初夏の光が射し込んで、コップの水に反射してキラキラひかっていた。 そこには僕が近所の公園から摘んできた白いノバラがいつの間にか花開いていた。 白いノバラ ― 僕は白い花が嫌いだった。 両親が亡くなったときの教会を飾っていた白い花を思い出してしまうから。 父と母の棺を飾っていたあの白い花を思い出して十四のあの時に戻ってしまう気がしていた。 でも今は違う。いつだったか秀明に言われた言葉が僕をそんな嫌な思い出から救ってくれた。 ‘ゆうきは白い花に似ているよね。俺の中では小さい白い薔薇かな。派手な自己主張はしないけれど、ほかの花にはない純潔と儚さと気高さと小さくてもちゃんと薔薇の棘を持っているんだ。そして俺はほかのどんな綺麗な花よりもその白い輝きに惹かれるんだ。’ 花屋のウィンドーを飾っている薔薇のような華やかさはなかったけれどセミダブルの小さい花は甘くやさしい香りをこの部屋に漂わせていた。 朝食を済ませると彼はドラマの撮りにスタジオへ、僕は学校へそれぞれ出かけた。 「ゆうき、おはよう!」 学校の10メートル近くまで来たとき、山ピーがそう言いながら近寄ってきた。 「おはよう。」 早かったのか周りにはまだ誰もいない。 どうも僕は山ピーとふたりきりが苦手だった。 「昨日はご馳走様でした。定員オーバーだったけれど、とっても楽しかったよ。滝沢くんにもよろしく言っておいて。」 僕は返事をしたのだけれど、いつもの癖でまた目をそらしていた。 「ねえ、まだ俺のこと苦手? そりゃあ、一度振った相手と友達づきあいするのはしんどいかもしれないけど、俺はもうふっきているんだからいい加減気持ちを切り替えてよ。そうじゃないと俺、大好きな滝沢くんとも気まずいじゃん。」 彼はちょっと怒った口調でそういった。 「ごめんね。山ピーは初めてできた友達だった。それを自分から失うようなことしたらバチがあたるよね。これからもよろしくお願いします!」 僕はそう言って彼に手を差し出した。 山ピーは 「許してやるよ!」 そう言って僕の手を‘パチン’と叩いて笑った。 なんだか山ピーのほうがずっと大人に思えて、うじうじしていた自分が恥ずかしかった。 それから学校での一日は淡々と過ぎていった。 ただ今朝の社長からの呼び出しの電話が気になって、あまり授業に集中できなかった。 放課後のホームルームとみんなの誘いをけって僕はまっすぐ事務所に向かっていた。 しばらく時間をつぶしてから、社長室に呼ばれた。 社長は堅苦しい話じゃないからといって差し入れのケーキとコーヒーを出してくれた。 「ゆうきは将来のこととかを具体的に考えたことはあるのかい?」 と聞いてきた。 僕が少し考えていると、 「今は良いが、いつまでも世間を欺いて少年のままでいる訳にはいかないだろう。滝沢だってちかいうちにJr.を卒業して一人前のアーティストとしてやっていくことになる。いい機会だし、ゆうきも自分のことをもう一度ちゃんと考えてみなさい。」 そう社長は言った。 「それって、彼と別れたほうがいいってことですか?それとも僕はもうクビになるってことですか?」 僕は取り乱しそうになるのを必死で抑えた。 「そんなことを言っているわけではないよ。次のコンサートでは君にダンスのソロパートを踊らせようかと考えていたところだ。だが、色々言うと君は誤解するようだね。 わたしの知り合いでイギリスのバレエ学校で働いている人がいるのだけれど、素質のある子がいたらいつでも紹介して欲しいと前から言われているんだ。ゆうきは踊ることがなによりも好きだと思うし、君ならイギリスでも立派にやっていけるだけの素質があると思う。どうだね?今すぐにとは言わないが考えてみても悪い話じゃないと思うよ。」 そう言い終えると社長はコーヒーを飲み始めた。 「今はステージで踊っているときが一番充実していると感じるんです。たとえ自分にスポットライトが当たっていなくたっていい。僕のダンスを見に来てくれる人が一人でもいればそれでいいんです。でもこの先どうしたらよいのかなんて今はなにも考えられない。滝沢くんのことだって・・・。」 そう言って僕はうつむいてしまった。 社長が困っているのがわかった。 「まあ、ゆうきはまだまだ若いのだし、滝沢が君のすべてじゃないはずだよ。さっきの話はじっくり考えてみて。いつでも相談にのるから。わたしはもう出掛けるが、ここでゆっくりお茶でも飲んでいきなさい。」 そう言うと社長は部屋から出て行ってしまった。 社長がいなくなった部屋でケーキを前にしたまま僕は一人ぽつんと座ったままだった。 幼い頃のバレリーナになりたかったという夢を僕はいつの間にかどこかへ置き忘れてしまったのだろうか。 いいや、辛い現実を突きつけられて封印していただけなのかもしれない。 でも・・・秀明と離れて僕は生きていけるわけがない。 軽い頭痛が目の奥をかすめた。 ◆ 「で、何の話だったの?」 ゆうきに掛ってきた社長の電話がやっぱり俺は気になっていた。 「ああ、心配するようなことじゃなかったよ。今度のコンサートでダンスのソロパートを踊ってみないかって言われて。わざわざ呼び出すほどでもないのにね・・・秀明とうまくいっているのか聞きたかったんじゃないかな。」 ゆうきはそう言うと、俺の顔も見ないでそそくさとバスルームに入ってしまった。 「よかったじゃん!」 俺はバスルームのドアに寄りかかってゆうきに聞こえるように大きな声でそういった。 あまり嬉しくないのか、別のことを考えているのか、ゆうきからの返事はなにも返ってこなかった。 ただ、水の流れている音がジャージャーと聞こえているだけだった。 リビングでドラマの台本に目を通していると、俺の携帯が鳴った。 ‘ゆうき、いま側に居るの?’ 翼だった。 ‘ううん。いまバスルームにいる。どうした?’ ‘来月のゆうきの誕生日のことなんだけれど・・・’ 7月28日で17歳になるゆうきの為に俺たちはあいつに内緒で、誕生日のイベントの計画を練っていた。 翼が言うには地元で花火大会があるので、そこへ黙って連れて行って驚かしてやろうという話だった。 ちょうど俺も撮休だし、みんなの予定も2時ごろで終わるみたいだ。 ゆうきどんな顔するかな・・・きっと凄く喜んでくれるに違いない。 その晩、なんだかいつもより無口なゆうきの横で俺はひとり楽しい思いをめぐらしていた。 あれから、俺とゆうきはすれ違いの生活を余儀なくされていた。 ゆうきは試験勉強とダンスレッスン。 なんだか前よりも踊りに打ち込んでいるみたいだった。 そして俺は相変わらず早朝から深夜に及ぶドラマの撮影。 たまに時間が空くとレコーディングでスタジオにこもっていた。 そう、とうとうCDデビューの話が具体的に進行していた。 そんな日が続いていたある日、ジャケット撮影という名目でフォトスタジオへ向かった。 そして、驚いた。 だって、そこには・・・いまカメラのフラッシュを浴びている俺の横には・・・翼がいたのだから。 ひととおり撮影が終了してからメイクルームに戻った俺たちは顔を見合わせて大笑いした。 いままで俺たちが悩んで、そして出した結論に対する社長の答えはこれだった。 “ユニット・デビュー”。 ‘これからは今までどおりのソロ活動に加えて、二人で力を合わせてやってみろ’それが社長の下した答えだった。 「これからも、改めてよろしく!」 「こちらこそ、よろしく。遠慮しないからね。」 どちらともなく、そう言い合っていた。 やっぱり俺の隣は、翼しかいない。 予感は間違っていないと確信した。 その日は珍しく早めに家に戻れた。 ゆうきに今日一日の出来事を話した。 ゆうきは 「おめでとう!よかったね。」 そう言って笑顔をみせた。 気のせいかもしれないけれど、最近元気がないような気がする。 本当はもっと喜んでくれるかと思っていた。 「元気ないみたいだけど、どうかした?」 そう聞く俺に少し驚いたような顔をして、 「なんだか遠いところに行っちゃうような気がして、寂しくなっちゃったのかな・・・。」 ゆうきは小声でぽつりと呟いた。 「どうしたんだよ?CDデビューが決まったって今までとなんら変わりはないし、俺は俺のままでゆうきとも、みんなとの関係も今迄どおりだよ。」 少しだけうつむいたゆうきの額に俺は自分の額をくっつけた。 そして、上目遣いに彼女を見た。 ゆうきの目に涙が光ったように見えた。 でも、うまい言葉が見つからなくて黙っていた。 ゆうきの気持ちが俺には見えなくなりそうだった。 胸が苦しかった。 遠いところに行ってしまいそうなのは、俺じゃなくて君のほうなのに・・・。 そのとき俺の携帯にメールが入っていた。 ‘こんどの土曜日3時ごろ、みなで迎えに行きます。よろしく・・・つばさ★’ ‘そうか、今度の土曜日だった。みんなと楽しく過ごせばきっとあいつの不安定な気持ちも落ち着くかもしれない。 そして、俺のもやもやした気持ちもゆうきの笑顔をみたら救われるんだ。’ その時の俺はゆうきの涙の意味をまだ、その程度のことでかたづけられると思っていた。 つづく
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