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願い・・・ 第3章
whereabouts
2003年2月
有羽 作


 秀明の部屋に僕が転がり込んだあの夜からおよそ一ヶ月が過ぎた。
春のコンサートツアーも今日の横浜アリーナ最終日を残すのみとなった。
僕たちふたりの仲は表面上には何の進展もないままだった。
彼は相変わらずリビングのソファーで寝ていたし、お互いが相手を気遣っていることを意識しながら生活していた。
そんな日が続いていたが僕の中にあった秀明への憧れは、はっきりと恋心へと成長を遂げていた。
優しい瞳、なんでも受け止めてくれる彼の心の広さ、以前より一層強く愛していると確信すると同時に少しずつ焦りにも似た感情が生まれていた。
‘このままじゃいつか彼は疲れて僕から去っていってしまうんじゃないか・・・。’不安だった。
 開演5分前、それぞれの楽屋からJr. たちがステージ裏へと集まっていた。
しばらくすると翼くんと秀明が現れ、それまでのざわついていた皆の空気が緊張感と共に一気に引き締まっていった。
「よろしくお願いします!」
誰からとも無く口々にそんな言葉が飛び交う中、秀明が口を開いた。
「ツアーオーラス、みんな締っていこうぜ!!」

 その日のステージは今までになく内容の濃いものになった。
前日の秀明と翼くんのCDデビューの話題でファンは騒然となっていたし、ふたりの口から語られる言葉から真意を読み取ろうという雰囲気が伝わってきた。
彼は僕にも普段からあまりその話はしなかった。
ただ翼くんが前に話してくれたことを思い出していた。
‘滝沢はユニットを組んでデビューするのが昔からの夢だったみたい。
でもあんなにいっぱいいた仲間もほとんどいなくなってしまったから、気がつくと滝沢と俺のふたりだけで、あと周りはみんな後輩ばかりになってしまった。みんな可愛くていい奴ばかりだけれど、ずうっと一緒にやっていくとなると違うんだよね。
いわば滝沢と俺は生き残った戦友同士っていう感じなんだ。’
そう僕に打ち明けてくれた。
秀明と翼くんは親友でライバル、秀明が太陽ならば翼くんは月。
同じ空では輝くことはないのだろうか。
僕でさえも知らないふたりだけの歴史が彼らにはあった。

 「お疲れ様でした。」
「楽しかったね、でもおわっちゃたら淋しくって。」
そんなみんなの声を背中で聞いていた。
「ゆうき、帰ろう!」
振り向くと秀明と翼くんが立っていた。
ステージが跳ねた後のふたりはまた一回り大きくなったみたいで僕にはまぶしかった。
「どうしたんだよ? ぼーっとして。そいうのは翼だけで勘弁だからね。」
「滝沢、ひでーよ!」
彼の言葉に翼くんが反応したので笑ってしまった。
「わかった。あれだろう、オープニングのダンスの振り間違えちゃってへこんでいる?」
翼くんが言った。
「違うよ。何でかな自分でもよく判らない。でも今のふたりのやりとりを聞いていたら、センチな気分もどっかにいっちゃった!」
そういって僕はふたりの手をとって歩き出した。
会場の外に出るまで三人で肩を組んで歩いた。
仲間たちはもうとっくに帰路に着いたあとで誰もいなかった。
月あかりが煌々と輝いていた。
まるでそれはアンコールのスポットライトのように僕たち三人を照らしていた。

 「じゃあな、ゆっくり休めよ!」
「おやすみなさい!」
秀明と僕は翼くんにそう声をかけると、車が見えなくなるまで見送った。
部屋に入ってとりあえずソファーに座った彼の頬に冷たい缶ビールを押し当てた。
「サンキュ。きもちいいー!」
目を閉じていた彼の腕が次の瞬間僕の腰にまわり、彼に後ろから抱きかかえられる形のままソファーに座りこんでしまった。
「やべー。こんなことしていたら、もっと熱くなっちゃうよ。ゆうきはいい迷惑だよね?」
僕の肩に顎を乗っけたまま彼はそう言った。
「いいよ。もう頑張らなくても。秀明のしたいようにすればいい。僕のことなら大丈夫だから、このままでいたら秀明はきっと僕のこと嫌いになっちゃうよ。」
「何言ってんだよ。俺がこれまで、ううん、この先も大切にしていきたいのは君の気持ちなんだ。だから、ゆうきはどうしたい?」
彼は少し驚いたように僕を見た。
「僕、いいえわたしはあなたのすべてを受け入れたい。あなたが今まで臆病なわたしをそのまま受け入れてくれたように。
たとえそれが時にはただの自分勝手なエゴだったとしても、あなたが望んでいるのならそれに従う。」
一呼吸おいたあと彼は少し考え込んで、そして言った。
「じゃあ、俺のしたいように君を抱いていい?」
僕は黙ってうなずいた。

 しばらくの沈黙のあと彼は僕の手をとると、そのままバスルームへ入った。
着ていたTシャツを脱ぎ上半身裸になると今度は僕のシャツのボタンをはずし始めた。
「自分で脱ぐから・・・。」
か細い声でやっとそう言うと、僕は彼に背中を向け着ていた服を脱ぎ始めた。
背中を向けている間に彼は浴室に入っていった。
シャワーが浴室の壁を打つ音が聞こえた。
そして、すり硝子のドア越しに彼の裸体がシルエットとなって映し出されていた。
僕は勇気を振り絞って浴室の中へと入っていった。
まっすぐに伸びた背中のライン、程よく盛り上がった肩の筋肉、引き締まった腹筋、腰、太腿。
美術館にあるダビデ像のように美しい秀明の裸体にみとれてしまった。
「すごく恥ずかしいから、あんまり見ないでね。」
そう彼にいうと、彼はゆっくりと僕に近寄り優しく口づけた。
キスされたのはきっとあの大阪の夜以来だったろう。
あれ以来彼は僕に触れることをあえて避けていたから。
そして僕から身体を離すと胸を隠していた両方の腕をそっと開かせた。
「どうして隠すの? とっても綺麗だよ。」
僕を見つめる彼のまなざしにいつものようにやさしくて、いつもより熱いものを感じていた。
そんな風に見つめられるだけで、身体の芯が熱くなってくるような不思議な感覚を覚えた。
どうしていいかとまどい震えている僕の身体を強く抱きしめてくれた彼の腕の中で、もうどうなってもいいと思った。
頭の中は真っ白になって、壁を打つ水の音と胸の鼓動だけがリフレインのように繰り返していた。
そして長い夜は静かに更けていった。




 ゆうきがあんなに思い詰めていたなんて気づかなかった。
愛し合っている者同士なら、時には100%のエゴを相手にぶつけてもよいのかもしれない。
でも、彼女のトラウマを知ってしまったあの日から、俺は自分の気持ちにブレーキをかけていた。
本当はただ臆病なだけだったのかもしれない。
嫌われるのが怖くて、正面からぶつかることを避けていたんだ。
昨夜あんなふうに言われて、初めて目が覚めた。
恐怖心からゆうきを救ってやれるのは俺だけなのだから。
そう思って、いやずうっとそうしたかったように彼女を抱いた。
恐れとためらいを振り払い、そしてお互いの愛情を強く感じながら俺たちは結ばれた。

 夢から覚めたように俺は目覚めた。
ゆうきの白い顔に朝日が当たり、産毛が金色に光って見えた。
口づけようとそっと顔を近づけたとき、玄関のチャイムが鳴った。
慌ててドアの隙間から覗くと翼だった。
そういえば、今日遊びにくるって言っていたっけ。
すっかり忘れていた。
「おーい、もう11時だよ。まだ寝ていたの? あれ、ゆうきは?」
「まだ、寝ている。」
そう答えると翼は、
「よし、起こしてやろう。ゆうき、翼くんがきましたよー!」
と言ってベッドルームへは入ろうとした。
「あ、ちょっと待って! お、俺が起こしてくるから・・・。」
「うーん、何だか怪しいなあ。さっきから自分の家なのに挙動不審じゃありませんか。この俺様になんか隠し事しているだろう?」
こういう時の翼の感は鋭かった。
「ひょっとして、やっとゆうきと結ばれた? ねえ、そうなの? もったいぶってないで白状しろよ!」
「うん。翼には色々心配かけたけれど、俺達やっとひとつになれた。お互いが相手に気を遣いすぎて自分の気持ちを見失ってしまいそうになっていたんだ。」
「それで、どうだったの? 初エッチの感想は?」
翼はいつものいたずらっぽい目をしてそう聞いてきた。
「嫌だね、もったいなくて教えてやれないよ。あー、もう俺どうにかなっちゃいそう・・・ゆうきが愛しくて・・・。女の子と付き合ったのは初めてじゃないのにこんな気持ちになったのは初めてなのかもしれない。」
俺としたことがこんなことを口走っていた。
次の瞬間、翼の目が少し潤んでみえた。
「よかった。おまえもゆうきもしあわせになれて。これで俺の恋心も浮かばれるってもんだ。」
「なんだよ。聞き捨てならないこと言うなあ。それってゆうきに恋していたっていうこと?」
そう問いただすと翼は少しためらったが話し始めた。

 「初めて会ったときから気になっていた。そして好きだって確信したとき、あいつは、ゆうきはお前のことばかり見ていたんだ。あの山下でさえふられたっていうし、おまえが相手じゃあきらめるしかないじゃない。
それに当のおまえにゆうきが好きだって打ち明けられるし、俺が入り込む隙間なんてこれっぽっちもなかった。だからふたりを気持ちよく応援してやろうって思ったんだ。まあ、四六時中近くでラブラブ光線送り合われたらあきらめもつくさ。ってことで、もう今じゃ何とも思わないから気にしないでくれ。」
そういって翼は笑ったが、寂しげな瞳の色を俺はずっと忘れないでいたいと思った。
「ほら、早く姫を起こしてこいよ! 行かないなら、俺が起こしに行くよ。」
そうせかされて俺は慌てて寝室のドアを開けた。

 窓から日が差して少し部屋の温度があがっていたせいか、ゆうきに掛かっていた毛布がずれて白い背中が露わになっていた。
顔を近づけるとふっと甘い香りがした。
昨夜と同じゆうきのシャンプーの甘い香り。
「ゆうき、起きて。」
そう言って彼女の細い肩にくちづけた。
ゆうきは寝返りをうつと今度は仰向けになった。
白くて丸い胸のふくらみがかすかにゆっくりと上下している。
一瞬、隣の部屋に翼がいることを忘れそうになった。
そっと手を伸ばして指先で彼女のやわらかいくちびるにふれた。
「うーん・・・。あ、秀明?・・・おはよう。」
そう言って、目覚めたゆうきは一瞬の間を置いてから慌てて毛布で身体を隠した。
「なに慌てているの? さっきからゆうきの裸じっくり見てたんだよ。」
そう言ったら真っ赤になって目をそらした。
可愛い。
「翼がリビングにいるんだ。昨夜のことばれちゃった。あいつ鋭いんだよね・・・。」
「えっ、どうしよう! 恥ずかしくて顔を合わせられない!」
ゆうきは泣きそうな顔をして俺をみた。
「大丈夫。良かったねって、喜んでくれたよ。翼のところに戻るから早く着替えて出てきてね。」
俺は彼女にそういうとリビングに戻った。




 ‘翼くんに知られちゃったなんて、どんな顔して出て行けばいいんだろう。’
Tシャツとジーンズに着替えながら考えてみたけれど、昨夜のやさしい秀明のまなざしと仕草がちらちら頭をよぎってどうも考えがまとまらない。
もういいや、恥ずかしいけれど彼も一緒に居るし・・・そう思ってリビングに出て行った。
「ゆうき、おはよう! 早速、こいつにのろけられたよ。いいなあ、しあわせでしょ?」
「うん。翼くんにもきっとそのうち可愛い彼女ができるよ。」
そう言ったけれど、恥ずかしくて目が合わせられなかった。
「そうだな・・・見た目がゆうきみたいに可憐で、滝沢みたいに頼り甲斐のある彼女がいいな。俺の理想は滝沢の女バージョンなんだよね。」
と翼くんが真顔で言った。
その後すぐに三人とも大笑いした。
いつもの和やかな空気が流れていた。

 「ゆうき、そういえば2時からレッスンじゃないの?」
秀明の一言で思い出した。もう1時になるところだった。
「お昼一緒に食べる時間なくなっちゃった。コンビニで何か買って向こうで食べるから、もう行くね。夕飯の買い物だけお願い。6時ごろには帰れるから。」
そういいながら必要なものをメモして秀明に渡した。
「何かゆうき本当に奥さんみたいだね・・・」
そう言っている翼くんの声を背中で聞きながら、僕は急いで荷物をバッグに詰めながら玄関のドアを開けた。
「行ってきます。」
外へ一歩踏み出そうとしたとき、肩を掴まれ振り向かされた。秀明だった。
「忘れ物だよ・・・」
そう言いながら、そっと唇を重ねてきた。
「だめだよ。そんなことされたら出掛けられなくなっちゃう。」
「馬鹿だなあ・・・俺は踊っているゆうきが一番好きなんだから。頑張って来いよ!」
彼はやさしい口調でそう言うと僕の背中をそっと押した。
僕は後ろ髪を引かれる思いで外に出ると駅へ向かって歩き始めた。
ずっと彼に恋していたけれど、こんな思いは初めてだった。
今は一分一秒でも傍に居たい。
自分でも‘馬鹿だな’と思ったけれど胸が苦しかった。

 案の定、渋谷のスタジオに着いたのは遅刻ぎりぎりだった。
レッスンはハードだけれど踊ることはとても楽しかった。
すごく充実感があって、さっきまでの苦しい想いが踊ることによって薄れていくのを感じていた。
こんなこと今考えるのはおかしなことだけれど、
‘もしも秀明が僕から去っていくようなことがあったら、もしも彼を失うようなことがあったとしたら、そんな辛い想いから僕をすくってくれるのは踊ることなのかもしれない’
そんなことを漠然と感じていた。
レッスン場で久々に斗真や山ピーたちと顔をあわせた。
ふたりとも忙しいみたいで学校であっても余り話せる時間がなかった。
「今晩だよね?すごく楽しみにしているんだけど、何をご馳走してくれるの?」
斗真が話しかけてきた。
「短時間で手っ取り早く作れて、みんなで楽しめるもの。なあーんだ?」
「わかった!まだ寒くないし鍋じゃないから、鉄板の上でこうジュッと・・・」
山ピーが答えた。
「当たり!ヘヘ、実は凄い手抜きかも。」
そう言うと、二人は
「そんなこと無い、楽しみだよ。」
と口を揃えていった。

 そんな話をしているとハセジュン、仁、亀ちゃんが控え室に入ってきた。
「ねえ、ねえ、さっきから楽しそうなんだけど、誰かんちでパーティーでもするの?俺もいれてよ!」
と仁が首を突っ込んできた。
「ひょっとして、滝沢くんちでしょ。俺と仁なんて出入り禁止なんて言われててひどいよ!混ぜてよ!」
亀ちゃんが拗ねた口調で言った。
「俺、知っているんだぞ!ゆうきが滝沢くんのところに入り浸っていること。滝沢くんの家の側で何度もみかけたもの。」
仁が得意げに言った。
僕は内心かなり動揺した。
「ってことはお前も家の側まで来たってことじゃん。お前らふたりはゆうきと違ってうるさいから迷惑なの!」
山ピーがそう言った。
「俺は出入り禁止じゃないからいいよね?滝沢くんに聞いてみてよ!」
ハセジュンまでそんなことを言い始めて、もう収拾がつかない。
僕は思い切ってこう言った。
「分かったから、滝沢くんに電話して聞いてみるよ。」
携帯を掴んで部屋の外にでると斗真が慌てて追いかけて来た。
「ちょっと、大丈夫なの?あいつらのことなら俺と山下とで何とかするよ。」
「いつも皆に迷惑ばかり掛けられないし、いずれ分かってしまうことだから彼に相談してみる。ごめんね。」
そう話すと‘わかった’といって斗真は部屋へ戻っていった。
僕は廊下の隅から秀明に電話をした。
彼は驚いていたけれど‘状況によっては俺からきちんと話す。あいつらだって俺の可愛い後輩なのだし、きっと理解してくれるよ。 ゆうきは心配しないで。’
そう言ってくれた。
少し気持ちが落ち着いた。
気を取り直し控え室に戻ると、もうみんな帰り支度を整えていて行く気満々という感じだった。
「どうだった?」
仁が聞いてきた。
「みんなでおいでって言っていたよ。」
「やっぱりね。そういうと思ったんだ。」
仁はまたまた得意げになってハセジュンの肩をバシバシ叩いて嫌がられている。
斗真と山ピーは‘大丈夫?’っていう顔をして僕をみていた。
僕はふたりに向かって‘大丈夫’っていうかわりにちょっと微笑んで見せた。
そして僕たちは滝沢くんの家、厳密に言うと秀明と僕のふたりの棲む家に向かって出発した。
                                                         

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