願い・・・ 第2章 whereabouts |
2003年2月 有羽 作 |
大阪でのコンサートも終わり、滞在しているホテルの部屋で滝沢くんと翼くんと僕の三人はこんな真夜中に話しこんでいた。 「やばいもう2時過ぎたよ。いい加減、寝ないとまずいって!」 翼くんがちょっと眠そうな顔でそう言った。 シングルルームなのでベッドはもちろんひとつだけ。 でもセミダブルだった。 僕がソファーに寝ると言ったらそれはだめだとすかさずふたりに言われた。 翼くんがソファーに寝ると言い張ったが、いくらなんでも僕と滝沢くんがベッドに寝るのも・・・ということになり、結局三人でベッドに無理やり寝ることにした。 幸い三人ともスリムなので思ったほど窮屈じゃなかった。 滝沢くんを真ん中にして両端に僕と翼くんが寝た。 翼くんがふざけて‘ゆうきの隣がいい’と言って滝沢くんにこづかれた。 滝沢くんが真ん中に寝てからも翼くんは彼に腕枕したりしてふざけてばかりいた。 やっとこの部屋にも静寂が訪れていた。 「寝ちゃった?」 滝沢くんが耳元でつぶやいた。 彼の横にこんなにもぴったりとくっついたまま、まさか眠れるはずがなかった。 僕はそっと首を横に振った。 彼は僕のほうに静かに向きをかえると腕を僕の体に廻してきた。 体温が伝わってきた。 「好きだよ。」 闇に消え入りそうな声で彼は囁いた。 僕はこっくりとうなずくのがやっとだった。 暖かい彼の唇が僕の唇に触れた。 それが僕たちにとって三度目のキスだった。 甘く優しい時が流れた。 唇が離れると僕は彼の胸に抱かれたまま、僕たちふたりは深い眠りへと落ちていった。 次の朝、僕は誰よりも早く目覚めた。 ふたりともまだぐっすり眠っている。 滝沢くんの天使みたいなきれいな寝顔をずっとみていたかったけれど、僕は眠っているふたりを置いて斗真とハセジュンがいる部屋に戻った。 ハセジュンは目を覚ましたけれど、僕がトイレから帰ってきたと思っているみたいだった。 よかった。なんとかばれずに済んだみたい。 でも飛行場へ向かうバスの中で隣に座った斗真に昨夜のことについて質問責めにされた。 ほかの誰かに聞かれるんじゃないかって気が気じゃなかった。 でも後で翼くんにからかわれた。キスしたこと、どうやら気づかれていたらしい。 顔から火が出る思いだった。 僕たちを乗せたバスは大阪空港へ到着した。 座席から立ち上がった瞬間、軽いめまいがしたが、たいして気にもせずステップを降りようとした次の瞬間、僕は気を失った。 遠のいていく意識の中、滝沢くんが僕を呼ぶ声がかすかに聞こえた気がしていた。 ◆ バスが空港へ到着した。 俺はいつものように無意識にゆうきの姿を目で追っていた。 顔色が余りよくないみたい…立ち上がったとたんふらついていた。 何だか俺もちょっと疲れたみたい。 小さなあくびをかみ殺したら、翼と目が合いウィンクを返された。 再びバスの出口まで来たゆうきに視線を戻した。 ステップを降りたはずのあいつが次の瞬間に視界から消えた。 「ゆうき!」 そう叫び出口に走ると、ステップの下にゆうきは倒れていた。 みながざわついた。 マネージャーさんはとりあえずバスの後部座席に運んだほうがいいと言った。 とっさに俺は山下と風間に耳打ちしてみんなを連れて予定通り東京へ帰るよう促がした。 俺はゆうきを抱き上げてバスの中へ戻った。 その日予定のない翼が一緒に残ると言ってくれた。 一時間近く経った頃、ゆうきは目を覚ました。 近くの病院へ行こうと言ったけれど、東京へ帰ると言いはってきかない。 仕方なく青白い顔をしたあいつを連れて俺と翼とマネージャーさんの4人は飛行機で東京へ帰ることになった。 羽田へ着いたあと、ゆうきを合宿所に送り届ける約束をして、別の仕事場へ向かうマネージャーさんと別れた。 問題はその後だった。 ゆうきはまだつらそうに肩で息をしていた。 合宿所のゆうきの部屋に帰ってきたとたん又、倒れこんでしまった。 とりあえず近所の病院に連絡して医師に往診して貰った。 先生がいうには、疲労と貧血からめまいを起こしたのだという。 さらに‘彼女は最近何か悩み事でもあったんじゃないですか、こういうめまいは思春期特有のものだから…。 友達なら支えになってあげてください。’と帰り際にいわれた。 ゆうきが眠りについたので、俺たち二人は隣の部屋でしばらく時間をつぶすことにした。 「俺が眠っていたからって、キスだけじゃ済まなかったんじゃないの?滝沢とじゃ体力が違うんだから、いたわってあげろよ。」 いつものいたずらっぽい目で翼が言った。 「俺たちまだ一線を越えていないよ。」 そう俺が言うと、 「信じられない!滝沢ともあろうものが、どうしちゃったの?・・・去年の12月からつきあい始めてもう半年になるよね。そいう雰囲気になったことってあるんでしょ?」 と言い返された。 「そういう雰囲気にはなるんだけど、なんか逃げられちゃうっていうか…俺、自信失くしていたんだけど、最近何か他に理由があるんじゃないかって思っているんだ。」 ゆうきが初めて俺の部屋へ遊びに来たときのことを思い出していた。 服装や髪型こそいつもと同じだったけれど、あいつの変化に俺はすぐに気がついた。 素顔だけどリップクリームだけほんの少し色の付いたものに変えていて、それだけのことなのに妙に女っぽくってドキドキした。 夕方、俺の仕事が終わってから落ち合って食材を買いにいった。 ゆうきは夕飯を作ると言ってはりきっていた。 俺の家のキッチンに立って楽しそうに料理をしている彼女のことがいとおしくて、思わず後ろから抱きしめた。 彼女は一瞬びくっとしたが、鍋が焦げるといって、やさしく俺の腕をほどいた。 おいしい手料理と楽しい会話でそれから数時間が過ぎた。 ‘そろそろ帰らなきゃ’と言うゆうきの体を引き寄せて思わずキスをしていた。 ‘帰らないで’と言いながら彼女の胸のボタンをひとつはずしたとき、彼女は俺の手をつかんで‘ごめん、帰る’と言ってそそくさと荷物を持って逃げるように部屋を出て行ってしまった。 「滝沢、そろそろゆうきが起きたんじゃないかな。隣の部屋から咳をしているのが聞こえたんだけど。」 そんな翼の言葉で我に返った。 「ゆうき、入るよ。」 ゆうきの部屋のドアをノックした。 ◆ 気がついたら、合宿所の自分の部屋で目が覚めた。 大阪空港から冷や汗をかきながら、何とか羽田に戻って、滝沢くんと翼くんに送ってもらったことは覚えていたけれど、車に乗った後の記憶が曖昧になっていた。 わかっていたのは二人にすごく迷惑をかけたということ。 自己管理できていない自分自身に腹が立ち、同時に情けなくなり涙が溢れてきた。 その時、ドアをノックして二人が部屋に入ってきた。 「ゆうき、大丈夫? ひょっとして、泣いてた?」 滝沢くんが心配そうな顔をして、僕の顔を覗き込んだ。 「何だか情けなくって。ふたりにすごく迷惑かけてしまって…ごめんなさい。」 「そんなことなら、気にすること無いって! 友達なんだし気にするなって! この人なんてむしろ頼られることに喜びを感じるタイプだし…相手がゆうきなら本望でしょ。」 翼くんが明るく言った。 「ありがとう…。」 ふたりのやさしさに言葉がつまってしまった。 「思わず昨夜寝かさなかったんだろうって、滝沢に問い詰めていたところだったんだ。そしたらさ、まだそんな関係じゃないって聞いたんだけど、なんか気になっちゃって。どうして? こいつのこと好きじゃないの?」 そう矢継ぎ早にいう翼くんの言葉に涙が引っ込んだ。 「ばかっ! 翼、そんなこと聞くなよ。俺は気にしてないよ。」 僕はしばらく黙ってしまった。 そしてふたりも…。少しだけ重い空気が流れた。 僕は意を決して口を開いた。 「今まで誰にも話せなかったのだけど、やっぱりふたりには話しておかなきゃいけないよね・・・。 叔父の家に戻らない一番の理由は、叔父に乱暴されそうになったからなんだ。 その日は同窓会があるといって、叔母は長崎の実家へ帰って翌日まで家にいなかった。 以前から叔父のいやらしい視線を感じていたんだけれど、その晩試験勉強していた僕の部屋に入って来たんだ。 話がしたいとか言ったくせに‘肩が凝っているんだろう’なんて言って最初は肩を揉んで来た。我慢しているのをいいことに、そのうち後ろからいきなり抱き付かれた。」 「えっ! それで・・・つまりその・・・やられちゃったの?」 翼くんは滝沢くんの顔をちらっとみたあと遠慮がちに、でも直接的な言葉でそう聞いてきた。 「とっさに傍にあったカッターナイフを自分の喉に突きつけた。これ以上、変なマネしたら死んでやるってね。 叔父は‘ちょっとふざけただけだ’といいながら驚いた顔してすごすご部屋から出て行った。 僕は荷物をまとめて翌朝、叔父の家をでていった。行くあても思いつかなかったけれど、もうこれ以上あそこにはいれなかったから。」 滝沢くんはただ黙って僕の話を聞いていた。 翼くんがこう言った。 「でも、その事と滝沢とのこととは別だよね。滝沢のことは本当に愛しているんでしょ?」 「それ以来、男のひとがなんだか怖くて・・・合宿所にいる時だって、稽古場で皆と着替えている時だって僕はいつもびくびくしているんだ。 滝沢くんのことだって胸が張り裂けそうなくらい好きなのに、ふたりきりになると好きでたまらない気持ちと同じくらい怖いって思う気持ちが増幅してくるんだ。」 そういったとたんまた涙が込み上げてきた。 「ゆうき、もういいよ。分かったから。ゆうきから恐怖心がなくなるまで、俺はいつまでも待っているから。いい考えがあるんだけれど、俺のこと信じてくれる?」 滝沢くんは手のひらで僕の涙をぬぐいながらそういった。 僕はこくりと頷いてみせた。 「翼、俺これから社長に直談判しに行くよ。ゆうきと俺が一緒に住めるように。やっぱり、ずっとこのまま合宿所にゆうきを置いておく訳にはいかない。ゆうきは俺と一緒じゃ嫌? 誓って君に指一本ふれないよ。信じて。」 「ありがとう、うれしい! でも僕の為に無理なことしないでね。」 それから、彼は‘思い立ったら即、実行!’と言って事務所に電話をした。 社長は舞台関係の会社の役員さんと打ち合わせでいないらしい。携帯に連絡を入れてもらったら、合宿所の社長の部屋で待っていてほしいと再び事務所から電話があった。 滝沢くんは社長の部屋の合鍵を持っていて、いつでも使っていいと言われているらしい。 ‘滝沢だけの特権なんだ’と翼くんから以前聞いたことがあった。 それくらい彼は社長の信頼をかっていた。 夜の8時過ぎに社長は合宿所にやって来た。 滝沢くんと社長が社長の部屋で話をしている間、僕と翼くんは僕の部屋で待っていた。 テレビがついていたけれど二人ともまるで上の空だった。 時々思いついたように翼くんは斗真くんや亀梨くんの話をして笑わせてくれた。 30分くらい経ったところで滝沢くんが戻ってきた。 僕に一緒に社長の部屋へ来てほしいと言った。 「ゆうき、大丈夫だよ! 頑張って!」 翼くんの言葉に押されるように僕たちは社長の部屋へと向かった。 「失礼します。」 中へ入ると社長はコーヒーを飲みながら、 「体調はどう?」 と聞いてきた。 「ご心配かけて、すみません。ちょっと疲れただけだと思います。」 何だか機嫌がいいみたい。 いつもより優しい口調に思えた。 「ゆうきは頑張りやだから、ストレスが人より溜まるんだよ。まあ、そこがよいところなんだけれどね・・・。 大体のことは分かったけれど、君は他の子たちとは違うのだから我慢せずに何でも私に話してほしい。 滝沢が理解していてくれるなら安心しているけれどね。 ところで滝沢のところに一緒に住むという話だけれど、君はそれでいいのかい? 彼だって男だよ?」 そういうと社長はちょっといたずらっぽい目をして滝沢くんを見た。 「こうなることは最初から、ある程度予測はしていたけれど、相手は滝沢だったか。私は山下とそうなるかなと思っていたんだけれど、ゆうきもやるなあ・・・。」 社長にそう言われ一瞬たじろいだが、滝沢くんはきっぱりと言った。 「俺はまじめな気持ちでゆうきを愛しています。男として守ってやりたい。でもそのことでゆうきを傷つけたり、社長や仲間たちに迷惑はかけません。だからわかってください!」 「まあ、わたしとしては、相手が滝沢でちょっと安心したよ。ゆうきは山下じゃ受け止められない。 だからっておおっぴらに付き合ってよいといった訳じゃないんだ。その辺りは二人ともわきまえていて欲しい。 とにかくそのことを踏まえた上で一緒に暮らすことは了承したよ。」 そう言うと社長は僕たちふたりの肩をポンと軽くたたき、 「ゆうきは二、三日やすみなさい。それじゃあ、おやすみ。」 といって部屋を出て行った。 ◆ それから僕たちは待っていてくれた翼くんに一部始終を話した。 「ほんとによかった。でもわかっていると思うけれどこれから先大変だよ。俺に出来る事があったらいつでも遠慮なく言ってよ。」 と翼くんは言ってくれた。 その晩から僕は荷物をまとめて、滝沢くんのところへ転がり込んだ。 荷物といっても元々身の回りの衣類と教科書や高校へ通う為に必要なものだけでたいした物は無かった。 滝沢くんのマンションは合宿所から車で15分くらいの近さにあった。 2LDKで一人暮らしにしては広かったけど、男の子の部屋という感じで雑然としていた。 10畳ほどの寝室と同じくらいの広さの部屋があり、そちらには音楽機材やらパソコンなどがゴチャゴチャと並んでいた。 「ベッドルームはゆうきの部屋にしよう。鍵もかかるし、俺はリビングのソファーで眠れるからさ。」 「ごめんね。迷惑かけてばかりで。」 そう言ったら、 「また謝る! 今日からここがゆうきの家なんだから、謝んなくっていいんだよ!」 と彼はいった。 一度あそびに来たことがあったけれど、ベッドルームに入るのは初めてなのでちょっと驚いた。 話には聞いていたけれど本当にダブルベッドがあったから・・・。 そのほかには別段目を引くものは無かったけれど、窓際のテーブルの花瓶になぜか花ではなくウチワが挿してあった。 よく見たら、山ぴーのウチワなので笑ってしまった。 テーブルまわりには他にも仁や亀ちゃんの変な写真や翼くんと滝沢くんのツーショット写真がごちゃごちゃ貼ってあった。 本当にこのふたりは仲がよい。 翼くんがもしも女の子だったとしたら、僕は嫉妬に苦しむんだろうなあ・・・なんて思って、そんなこと考えてしまった自分が可笑しかった。 「ゆうき、バスルーム空いたよ。」 ドアの向こうで滝沢くんが声を掛けた。 それから僕はシャワーを浴びてTシャツと短パンに着替えリビングを覗いた。 「もう眠っちゃうの? 体調がよければ、もう少しここで話さない?」 「身体のほうは大丈夫みたい。でも、明日は仕事はいっているんでしょ。滝沢くんこそ眠くないの?」 「俺? 11時なんて俺にはまだまだ宵の口だよ。」 そう言って彼が欠伸をしたので、顔を見合わせて笑ってしまった。 「ベッド占領してごめんね。でもあの部屋に入るとすごく楽しい。翼くんやみんなといるみたいで全然さみしくないよね。」 「今晩からは俺がずーっとゆうきの傍にいるんだから、さみしいなんて言わせない。」 そう言うと彼は煙草に火をつけ、なれた手つきで吸い始めた。 「煙草吸うんだ・・・。」 「うん、もう未成年じゃないしね。でもいくら二十歳だからってやっぱりおおっぴらには吸えないでしょ。Jr. の顔である俺がJr. たちの前でもそんなところは見せられないし。ただ最近は車の中とか撮影の合間とかにもあえて人前で吸うようにしているんだ。 本来の滝沢とジャニーズの滝沢が少しずつ近づいてきているってかんじがしてほっとしてる。」 大人びて見える彼はすごく素敵に思えて、それと同時に底知れぬさみしさがこみ上げていた。 「初めて出会ったときから、滝沢くんに憧れていつも滝沢くんだけを見ていたつもりだったけれど、僕は本当の滝沢くんを見ていたのかなあ。なんか自信なくなってきた。」 「へこむなよ! 本当の姿なんて自分自身でさえも分からないものなんじゃない? でも俺はゆうきを好きになってやっとゆうきのことも俺自身のことも分かりかけてきたんだ。 だからこれからはもっともっと君のことを愛していくから。覚悟してくれよ。」 彼はそう言い終えると僕の身体を引き寄せてやさしく肩を抱いてくれた。 「ごめん。でも抱きしめるだけだから、いいよね?」 「うん。滝沢くんといっしょにいられるだけでもいいのに、うれしい。」 彼の肩にもたれた。 「ねえ、ゆうき。その‘滝沢くん’っていうのそろそろ卒業しない。もっと恋人同士っぽい呼び方ってあるでしょ。呼び捨てでいいよ。」 「なんか恥ずかしいな・・・それにみんなといるとき、つい呼び捨てで呼んだらまずいでしょう?」 「大丈夫だって。その時は開き直るかごまかすか、なんとかなるよ。ね、だからお願い、呼んでみて。」 「秀明・・・。」 そういったけれど彼の顔がまともに見られなかった。 耳まで赤くなっているのが自分でもわかった。 彼は微笑みながら正面に向きなおして僕を強く抱きしめた。 「ゆうき、大事にするからずっと俺のそばにいて・・・。」 僕の大好きな彼の香りがした。 それは煙草の香りのせいかいつもよりちょっとだけ大人びていて切なかった。 つづく
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