[back]

願い・・・ 第1章
whereabouts
2003年2月
有羽 作


願いが叶うなら いつか二人で
今日からの時間(とき)を語り合えるように
素晴らしい日々と残る痛みを忘れない
そんなストーリーを隠して・・・

 彼の運転する車の助手席で、私はすっかり眠ってしまっていた。
遠くなる意識の向こう側で、この歌がかすかに聞こえていた。
私と彼が出逢ってからのこの長いストーリーには、いくつかの秘密といくつかのすれ違いがあった。
でも、‘願い’は必ず届くものだって、私たちは心のどこかでいつも信じていた。
そして私は夢の中で、あの遠い、きらきらとしてときめいていたあの頃を懐かしく思い出していた。




 大阪最終日のステージも終わって、皆の間に心地よい開放感が漂っていた。
遅い夕飯を済ませてホテルの部屋に戻ろうとした時、滝沢くんが廊下の向こうでこっちを見ている。
仁やハセジュンたちの騒がしさに気をとられて、幸い誰も気づいていないみたい。
こっそり近寄っていったら、腕をつかまれて非常階段の人気の無い所まで連れて行かれた。
彼の名は滝沢秀明、名実ともに言わずと知れたジャニーズJr.のリーダーである。
「今晩、部屋にこられないかな?・・・みんなが寝静まってからでも。」
「いいけど、2時か3時頃になっちゃうかも、大丈夫?」
「大丈夫だよ!どうせ帰るだけだし、明日はOFFだから。君もOFFでしょ。
OK!斗真とおなじ部屋だよね。ばれた時言い訳できるように頼んでおくから。じゃ、待っているね!」
半ば強引に約束させられると、彼は足早にエレベーターに乗っていってしまった。

 僕の名前は水村ゆうき。Jr.になってもうすぐ2年。
本来なら‘私は’って言いたいところだけれど・・・今は‘僕’と言っておこう。
僕が事務所に入った経緯はちょっと異質だった。
そんな訳で色々陰口たたかれていることも知っている。
でもそんな事は僕にとってはどうでもよい事だった。
なぜなら僕には内緒にしておかなければならない重大な秘密があったからだ。

 僕の部屋は5階。
斗真、ハセジュンと同室だった。
ハセジュンは騒ぎ疲れたのか既にバスルームにいるようだ。
この調子で早く寝付いてくれるとありがたいのだけれど・・・。
テレビを見ていた斗真が唐突に口を開いた。
「さっき滝沢君から電話があって聞いているから、長谷川が寝込んだら出て行っていいよ。でも、ほんと仲いいよね!
僕がもし女の子だとしても滝沢くんだったら彼女になりたいな。あっ、これちゃんと本人に伝えておいてよ!!」
そう言って笑った。
「いつもありがとう。ほんと、うまくいっているのも斗真達のおかげだよ。ハセジュンに聞こえるとまずいから、もうこの話は終わりね。」
それから、僕たち二人は他愛のない仲間の笑い話でひとしきり盛り上がった。
ほんとに斗真はやさしくていい奴だ。

 Jr.にはいるまでは、どうせみんなナルシストで生意気な奴ばかりなんだろうなって思っていた。
けれど、実際そういう子は一握りで、あとは夢に向かってひたすら頑張っている少年たちの集団だ。
だから、尚更のこと僕の秘密は一部の少年たちをのぞいては絶対にばれてはいけないことだった。
しばらくするとハセジュンがバスルームから出てきたので、斗真、僕の順番でシャワーを浴びた。
僕がバスルームから出てきた頃には、もう午前一時をまわっていて、ハセジュンは可愛い寝息をたてて寝付いているようだった。
「長谷川かなり疲れているな。いつもだったら、先に寝る僕が攻められるのに・・・。もう大丈夫だよ。行っていいよ。」
「ありがとう。明日の朝、できるだけ早く戻ってくるから、よろしく。」
そう斗真に告げて、僕はこっそり部屋を抜け出した。

 エレベーターに乗り込むまで気が気ではなかった。
滝沢くんの部屋は僕たちJr.の一階上の6階で翼くんの隣の部屋だった。
6階に着いてしまえば一安心この時間ならJr.に会うことも無いだろう。
呼鈴を押してドアが開くのを確認すると素早く部屋の中に入った。
「意外と早く来られたね。」
上半身はだかでベッドの上にいた彼は、ちょっとうれしそうに見えた。
「あ、今、筋トレしていたから。・・・ごめん。」
はだかの胸をさすりながらそう言った。
「今更、女の子扱いしてくれなくてもいいよ。いつものことだしね。」
「だってさ、みんなの前じゃ、うっかりそんなこと言ったら変に思われるし・・・。こいつは男だって自分にいいきかせているの。
ゆうきを女の子として見る様になってからは特に大変なんだぞ!好きだーって気持ちも必死で押し殺しているんだよ。」
ちょっとすねた口調で言う彼が可愛く思えた。
「告白、ありがとう。うれしいよ。」
「馬鹿、からかうなよ!」
またちょっぴり拗ねたみたい。
可愛い・・・。いつもは皆の手前もあるし、妙によそよそしくなってしまうのだけれど、今夜は素直に思ったことが口をついて出てくる。
なんだか、いつもと違う空気が流れた。

 お互いの気持ちは確認したけれど、ふたりの心の距離はまだまだ遠かった。
彼の部屋に遊びに行ったときもそうだったけれど、二人だけになることなんてそんなに無いからちょっと緊張するみたい。
実は胸がドキドキしていた。
「なんか喉渇くよね。冷たいものでも飲まない?」
彼が冷蔵庫の中をのぞいていると、部屋のベルが鳴った。
こんな夜更けに誰だろう? ここにいて大丈夫かな・・・。
「滝沢、起きてた?」
彼がドア開けると翼くんが立っていた。
「ゆうきが居るんだよ。なんか急用?」
「あっ、悪い!出直すわ!」
そういって閉めようとしたドアノブを僕が引いた。
「いいよ、中に入って。三人で話そうよ。」
滝沢くんは‘遠慮しろ!’とか‘気を利かせろよ!’とかぶつぶつ文句を言っていたけれど、僕は残念なような少しほっとしたような複雑な気持ちでいた。
「別に用があるっていう訳じゃないけれど、眠れなくって。今日は楽しかったからまだ興奮状態なのかな。
お二人さん、これからいいとこなのにごめん、おじゃまして。」
「別にたわいも無いことを話していただけだから、翼くんがいても同じだよ。」
僕がそういうと、翼くんはいたずらっぽく‘ふーん、そう’とつぶやいて笑った。

 翼こと今井翼、20歳。
滝沢くんとは同期で無二の親友、でJr. では唯一のライバルである。
翼くんも僕たち二人のことを知っていて力になってくれているのだ。
もちろん僕の秘密も知っている。
僕が女の子だってこと。
そして、なぜここにいるかということも…。



 14歳までの僕は何処にでもある平凡な、ごく普通の家庭に育った女の子だった。
あ、でも両親が交通事故で亡くなってみて気がついたけれど、結構お嬢様育ちだったのかもしれない。
伯父の家に預けられてから、その事を身にしみて感じた。
伯父の家は貧しいという訳ではなかったけれど、事業がうまくいっていなかったようで夫婦仲もあまりよくなかった。
そんな時僕を引き取る羽目になったのだから、伯母はかなりおもしろくなかったのだと思う。
事あるごとに僕につらく当たった。
時には手を上げることもしばしばあった。
伯父は優しかったけれど、僕はその裏にある醜い感情を薄々感じ取っていた。
時折、僕に向けるそのいやらしい視線。
この家にいられるのも時間の問題だった。

 中学卒業を目前としたある日、友達の家でビデオを見ていた僕は思わず画面に見入ってしまった。
これまでアイドルなんて全くといっていいほど興味が無かったのに、たまたま友達が見せてくれたジャニーズJr.のステージに目が釘付けになってしまった。
今井翼・山下智久・生田斗真…未熟だけれど、ひたむきな彼らのステージ。
なかでも彼、滝沢秀明の全身全霊をこめて歌う姿に衝撃が走った。
まだ完成されたアーティストとはいえないけれど、彼のステージには拙さを吹き飛ばしてしまう何かがあった。
そして、僕は翌日には事務所宛に履歴書を送っていた。
もちろん、男の子として…。
未成年なので“両親の承諾”ってものが必要だったけれど、そこは親友のお母さんに協力してもらった。
そう、本当に無謀だった。
その時は数ヶ月後にやって来るオーディションのことなど全く考えていなかったのだから。

 オーディションの日がとうとうやってきてしまった。
会場には様々な年齢、タイプの少年達が集まっていた。
僕は髪も短かったし、痩せていたので誰も女の子とは思っていなかったらしい。
もっとも、ここに集まった少年達の中には女の子と見まがうばかりの美貌の持ち主も何人かいた。
そして審査員が数人、会場に現れたとき少年たちの中からざわめきが起こった。
数人の大人たちの中に混ざって、社長らしき人物の横に一人の美少年が座った。
端正な顔立ち、穏やかな眼差しのなかにも真剣な表情が他を寄せ付けない圧倒的な存在感を放っている。
まぎれもなく、彼だった。
その時が僕、水村ゆうきと滝沢秀明の最初の出会いだった。

 オーディションの中身は想像していたものとさほど違いは無かった。
簡単なダンスと自己ピーアール、後はちょっとした質疑応答。
僕は5歳の頃から伯父に引き取られるまでクラシックバレーを習っていたのでダンスに関してはかなりの自信があった。
両親が生きていたら将来は英国にバレエ留学したいという夢があった。
それも今となってはもう叶わぬ夢だけれど。
全ての審査が終わった。
合否の知らせは追って連絡とのことだった。
やることはやった。
僕にはもう帰る家はなかったが、何とかなるだろうという不思議な清々しさの中に僕はいた。

 帰り支度を整えて控え室を出ようとした時、関係者の人に呼び止められ、僕は別室に通された。
部屋の中に待っていた人物は、先ほどの審査員の一人で社長とおぼしき人物だった。
僕が頭を下げると、彼は自ら素性をあかした。
やはり、このオーディションの主催者、つまり社長本人だった。
「水村君でしたよね。先ほどのオーディションでの君は素晴らしかった。
特にダンスには目を見張るものがありました。ただ…ひとつだけ気になっていることがあるのですが…
君は僕になにか言っておくことはありませんか?」
そういった眼鏡の奥の瞳は微笑んでいるようだったが、鋭い輝きを放っていることを僕は見逃さなかった。
僕は観念した。
そして、女の子であることを偽ってここに来たこと、またそうしなければならない僕の身の上を洗いざらいこの老紳士に打ち明けた。
そして、気がつくと僕はその場に土下座していた。
「お願いします! 私にはもう何処にも居場所がないんです!
 無謀なことだと分かっていますが、もうここしか自分を生かせる場所がないんです。」
大袈裟でもなんでもないその時の僕のうそ偽りのない正直な気持ちだった。
「君の気持ちはよく分かった。でもね、私だって慈善事業をやっているわけではない。これはあくまでビジネスとして割り切って考えさせてもらうよ。
私が結論を下す前に、君もそれなりの覚悟を決めてください。
それじゃ、ご苦労様でした。また会えることを祈っています。」
社長はそう言い終えると部屋から出て行った。

 それから一週間後の土曜日、事務所から合格の知らせがあった。
そう、それはこの後の僕の人生を左右する大切な知らせだった。
そしてこの後、運命的な出会いが待っていたなんて僕はまだ知る由もなかった。
 一週間前に社長に土下座したあの部屋の中に僕は息を殺して座っていた。
僕の他には社長、振り付けの先生、マネジャー・スタッフとおぼしき数人の人物、数人のメインJr.たち。
その中には滝沢くんの姿もあった。
僕は身が縮こまる思いで座っていた。
社長が重苦しい空気を一掃するように口を開いた。
「水村くん、そんなに緊張しないで! 君が来る前にこのメンバーに君の事をすべて説明しました。
もちろん、オーディションのVTRも見てもらって、君がどれ程の才能の持ち主かということも含め今後のことについて話し合いました。
そして、全員一致で君をJr.の一員として見守っていくことになりました。
ここにいる人間はきみの理解者だから、君は今後Jr.として、もちろん少年として皆と接してください。
その為にわたし達は協力することを誓うよ。何か言いたいことはありますか?」
「ほんとうにありがとうございます。なんと言ったらよいかわかりませんが皆さんの期待を裏切らないよう努力していきたいです!」
そう言うのがやっとだった。
皆の顔なんてまともに見られなかった。
社長が立ち上がったのを合図に部屋からぞろぞろと皆が退室していった。
その時いたJr.は、滝沢・今井・山下・生田・風間の5人だった。
みんな、‘よろしく’とか‘緊張しすぎだよ’とか言って僕の背中を叩いてくれた。
滝沢くんは
「何か困ったことがあったら遠慮しないで相談してよ。なんせジュニアの駆け込み寺なんだから。」
といって笑った。
山下くんも
「一応先輩だけど同い年だから。よろしくね!」
と声をかけてくれた。
ふたりのあまりに爽やかな笑顔に僕は気後れしていた。
こうして僕のジャニーズJr.としての日々が幕を開けた。


                                                         

[top]