Lylica第7章 |
2003年5月 有羽 作 |
新年になったのに、リリカさんとまだ一度も会うことが出来ない。 いつもなら、ハード・スケジュールは大歓迎なのに、情けないことにこれじゃあ働く張り合いもない。 そんなふうに嘆いていたある日の深夜、彼女からメールが届いた。 滝沢くんへ 会いたい・・・ メールや、電話じゃなくて 君とおんなじ空気を吸って 君の視線を感じていたい 夕暮れや 夜の灯りの下でもなく まぶしい昼の 光りの中で 君に会いたい 我がままだって分かってるけど ごめんね もう 限界かも リリカ 俺は胸が張り裂けそうになった。 初めてと言っていいくらい、彼女がこんなにも正直な気持ちを俺にぶつけてきているのに、それに答えてあげられるのだろうか? そう、振りかえってみると、彼女に会うのはいつも夜ばかりだった。 スケジュールの都合もあるけれど、人目を避けて会わなければいけないということもあった。 俺はマネージャーさんに電話をした。 なんとか少しでも時間を貰えないかと必死で頼み込んだ。 そして渋るマネージャーさんを説得して、次の日曜日の昼間、打ち合わせの時間をずらして何とか時間を空けてもらった。 俺は彼女に日曜日に迎えに行くとメールを打つと、その晩はぐっすりと眠った。 次の日からは信じられないようなエネルギーが満ち溢れてきた。 やっぱり、恋の威力は絶大だ。 その日以来、毎日が輝き始めた。 そんな俺の変化に周囲の人間は驚いていたけれど、真相はまだ誰も知らない。 俺はディランのあの詩を思いだしていた。
そう・・・“すべてはうまくいく きみとふたりだけでいれば。”
* 日曜日には滝沢くんに会える。 ほんとはちょっとだけ悔やんだ。 あんなメールを送ったことを・・・。 でも、久々に会った昔の友人の一言が私を思いなおさせてくれた。 8月10日に仲間の前に現れなかった私のことを皆は心配していたらしい。 でも、友人は一年ぶりくらいに会った私と話すと、とても驚いていた。 そして、言った。 ‘龍一の横にいた頃のリリカに戻ったみたいだね。’と。 司書になり、眼鏡をかけて図書館勤めをしていた私を、昔の友人は別人のように見ていたらしい。 確かに眼鏡を掛けていたのは特に目が悪かったからじゃない。 初めは仕事の時だけだった。 でも、眼鏡をかけるとほんの少し他人と壁がつくれる気がした。 特に異性の目は私を素通りした。 その頃はそれがとても楽だった。 もう恋もしないし、誰にも心を開くこともないと決めつけていた。 滝沢くんとの出会いが私を変えた。 彼に恋をした私は眼鏡を外して明るい色の服を着た。 部屋を飾り、自分を開放し、笑って泣いて切なさも知り、そして我がままになった。 そう、あんなメールを彼に送る私は我がままだ。 でもそれが本当の私・・・私はそんな自分が好きだった。 滝沢くんは約束通り、日曜日の11時ごろ私のマンションに現れた。 夕方4時ごろ迄時間があるというので、彼の車で外へ出かけることになった。 街で昼食をとり、それから冬の海を見に行くことにした。 私は周囲に気づかれるのではないかとかなり緊張して、食事も喉を通らなかった。 彼は‘大丈夫だよ’って言って意外と平気な顔をしていた。 冬の海は案外穏やかで静かだった。 今日はサーファーの姿もまばらだった。 海に来た思い出はいっぱいあったけれど、それをまだ口にすることはできなかった。 久々に会ったのになぜだかお互いに無口だった。 「寒くない?」 彼の気遣いが嬉しくって、 「寒い!」 とオーバーに言ってみた。 「車に戻ろうか?」 滝沢くんは後ろを向くと車に向かって歩きだした。 私たちは再び車の中に戻った。 どうしてだろう・・・。 意識し過ぎなのか思うように言葉が出てこない。 こんなにも好きなのに、気持ちはあせるばかりだった。 滝沢くんは行きたい所があるからと言って、私たちは街に出た。 車を降りると、そこはバイク・ショップだった。 どんどん店の奥に入っていく彼を追うように私もその店に入っていった。 「どれがいいかな?これもいいけれど、こっちも格好いいよね。どう思う?」 彼は楽しそうにそう聞いてきたけれど、私はうわの空だった。 この店に漂う匂いが忘れかけていた嫌な記憶を、私の頭の中によびさまそうとしていた。 オイルの匂い、ぐちゃぐちゃになったバイクの車体、そして道路に生々しくついたタイヤの跡・・・。 呼吸が急に苦しくなってきた。 「ごめん。気分が悪いので、外に出てもいい?」 顔色の悪い私を見た彼はあせっていた。 「分かった。どこか別の所で休もう。」 そういって彼は私の肩を抱くようにして、道路の少し先にあるカフェに入り、窓際の明るいソファア席に私を座らせてくれた。 「大丈夫?海が寒かったから、風邪ひいちゃったのかな・・・」 心配そうに私を見つめた。 「バイク買うつもりなの?」 「うん。前から欲しかったんだけれど、さっき見ていたやつがかなり格好いいんで、買おうかなって思って。暖かくなったらそれでツーリングに行こうよ。」 彼はとても楽しそうに言った。 「でも、バイクはかなり危ないよ。事故でもおこしたら大変だもの。」 「平気だよ。車だって安全運転だし、自信あるからさ。」 「お願い、バイクだけは止めて。滝沢くんになにかあったら、私困るもの。」 「大げさだなあ。心配し過ぎだよ。俺のこと信用してないんだね。」 彼は呆れたように言った。 「こんなに頼んでも聞いて貰えないんだね。もういい、私一人で帰るから・・・。」 私はそう言うと、目の前にあるコーヒーに口もつけず、バッグをつかむと店の外に出た。 腹がたって、そして悲しくて、涙があふれてきた。 「リリカ・・・送るから待てよ!」 そう言う彼の声も聞かず、駅に向かう道を足早に歩き始めた。 つづく
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