モーニング・コーヒー 後編 morning coffee |
2000年11月 しいな 作 |
それから、コンサート前から、後まで彼は来ていない。 もしかして、もう来ないかもしれない。 ワイドショウでドームコンの最終日の映像が流れている。 とても格好良くて、リーダー格として風格さえも漂っている。 輝いていて眩しかった。 彼はやっぱりスーパーアイドルなんだ。と改めて思った 。 その間、しゃにむに働いた。休日も返上、夜遅くまで仕事した。 彼のことを思い出さないように。 「ばかねー。そんなに馬車馬のように働かなくてもいいのに。」 母の冷たい言葉、それが風邪ひいて熱にうなされている娘に言う言葉? と朦朧としている私は母に視線を送る。 気にしてない彼女は続ける。 「これじゃ、ベティの散歩はムリね。お父さんに行ってもらうわね?」 私は仕方なく頷くだけだった。 もう、本当にヨレヨレで起きあがれなかった。 ※ 結局、元通り元気に回復するのに1週間はかかってしまった。 その間彼のことをずっと考えていた。もう2週間は会っていない。 きっと、もう会えない。私の気持ちは伝えられずに終わってしまった。 私の代わりに散歩に行ってくれた父にも聞いたけどそんな子は見てないと素っ気 なかった。 (どんな関係だとか、かなり追求されたけど、なんとか誤魔化した。) 朝、いつもの時間。すっかり秋らしくなって木々も色づく季節。 久しぶりにいつもの公園のベンチに座って、ボーーーッと遊んでいる犬達を見て いる。 彼女は元気に走り回っている。 「はぁ・・。元気だこと。」 そう思いながら、いつも通りのモーニングコーヒーを飲む。 その時、急に視界が暗くなり、何も見えなくなる。 「げっ!!何っ?」 私はびっくりして持っていたコーヒーをカップごと落としてしまう。 誰かの手が目隠ししている。 「だーれだ?」 どきん!!£痰゚のハスキーボイス、ちょっと甘め。 ちょっとおどけたその声はとても聞き覚えのある声だった。 目元からあたたかい手と左の指から金属の温もりが伝わってくる。 「滝沢・・くん。」 信じられない気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいになる。 やっと、絞り出すように言ったけど、もう視界が涙で霞んでしまう。 「当ったりー!わぁっ!何?どうしちゃったの?!」 彼は慌てて目元から手を離して私の左側に座って顔を覗き込む。 「何で、泣いてんの?」 「また・・会えると思ってなかったから・・。」 私は下を向いてそう声を出す。指で涙を拭いながら。 「オレだってコンサート終わった後、ここに来てもいなかったから、もう来ない のかなぁって思ってた。」 泣いてる私を見つめながら、戸惑いながら言ってる。 「嘘っ!うちのお父さん知らないって言ってたのに!」 私は、顔を上げて彼に主張する。 「オレ・・○日からちゃんと来てたよ。お父さん来てたの?ベティも見なかった なぁ。」 お父さんのバカ!違う道行ったんじゃない。 何だか涙も引いてきてハンカチで拭いた。 恥ずかしい、泣き顔見られたじゃない。 「そんなにオレに会えなくて寂しかった?」 黙っていると、少しからかうように彼は私に向かって言う。 うっ!図星!! 顔が赤くなっていくのが分かる。私が何も言えないでいると、 「オレは辛かったけどなぁ・・。」 彼は照れたように、私に背を向ける。 「杏奈さんは?」 そう聞かれて、心拍数がすごいスピードで上がる。ドキドキと心臓の音が聞こえ る。 風邪で寝ている間、自分の気持ちを伝えられないで後悔していた。 思い切っていってみようと覚悟を決める。 「うん、苦しかったよ・・。」 私は背中を向けてる彼にそう伝える。 彼は振り返って驚いた表情で私を見つめた。 「ずっとね、コンサートの後も来てくれるのかな?とか考えてた。 いつもの朝のこの時間が待ち遠しかったの・・。」 「それって・・、その・・。」 彼の頬が、ほんのりピンク、唇の色と同じに染まる。 「うん、好きなの。滝沢くんのこと。」 すると、駆け足でベティが猛然とダッシュしてくる。 久しぶりに彼と会えて喜んでいるのは私だけではなかった。まさに、狂喜乱舞。 「ベティも好きだって!ね?」 そう話しかけると滝沢くんの膝の上に乗ってくる。 「わん!(はあと)」 ・・と一声無邪気に吠える。 彼は熱烈アタックにタジタジになっている。1人と一匹に告白されている。 「あのぅ、オレも好きなんですけど・・。」 どっちが?!≠ニベティが啼いている。 「両方かなぁ・・?」 困ったように私を見つめる。 滝沢くんは少し考えてパーカーのポケットからあるものを取り出す。 カラーボールで色はピンク。ベティの大好きな色だ。 「ベティ!取っておいで!」 彼は思いっきりボールを投げる。彼女はそれを追いかける。 私がどこまで飛んでいくのかなぁ?と見ていると突然光が遮られる。 「滝沢・・くん?」 「好きだよ・・。」 彼の声と同時に影が私を覆ってくる。 滝沢くんの真剣な表情が近づいてくる。 スローモーションのように時が流れる。 彼の形の良い唇が私の唇に触れる。 私の体温はいきなり急上昇。されるがまま動けなかった。 ようやく彼が離れる。恥ずかしくてまともに顔が見れない。 「うわあっ!」 彼の悲鳴が聞こえる。 ボールを加えたベティが彼に飛び乗ってくる。 そして、ボールを口から離すが彼から離れない。 「ベティ、どうしたのかなぁ?」 滝沢くんは、そう彼女に向かって聞くが聞こえない振りをしている。 見られたのかな?とチラッと彼は私を見つめる。 どうしたものかなぁ・・と彼は空を仰ぐ。それを見て私は少し笑う。 「ひでぇ、他人事じゃないでしょ。」 私を見つめる瞳は優しさで溢れている。 それから、ご機嫌ななめのお嬢さんの機嫌を直すのにすごく苦労した。 結局、彼のkissですぐに機嫌は直ったみたい。 「今度はさ、ベティ抜きで会おうよ。」 彼は彼女のアタックにタジタジだった。 ベティに聞こえないよう耳元で囁くように言った。 私は首を縦に振って了解する。 滝沢くんは「じゃ!明日ね。」と言ってゆっくり走っていく。 彼の姿が見えなくなるまで後ろ姿を見つめる。 「杏奈!!」 聞き覚えのある声。 「おっ、お父さん!?」 私が驚いていると父が走ってくる。 「今の男は誰なんだ?」 私は返答に困る。大好きな人∞恋人≠ネんて言おうかなぁ? 足下を見るとベティが尻尾を振っている。 「べっ、ベティの愛しの彼なのっ!ねっ!ベティ?」 「わん!(はあと)」 嬉しそうに彼女は即答する。 父は、「そうなのかぁ?」と彼女を抱きかかえた。 お父さん、ごめんねー。いつか紹介するからね。腰抜かすかもしれないな・・。 ちょっと近い将来を想像する私だった。
―FIN―
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