モーニング・コーヒー 前編 morning coffee |
2000年11月 しいな 作 |
目覚まし時計が鳴る。毎日同じ時間に起きて、それは始まる。 「おはよ。ベティ。」 私は、上下のオレンジのパーカーとジーパンというラフな格好で玄関をでる。 しっぽをふりふりしながら、嬉しそうに愛犬のミニチュアダックスフントのベティの散歩に出かける。 あくびをしつつ、いつもの公園でベティを離して遊ばせている。 いろいろな犬種の友達がいて元気に戯れている。 ベンチに座って家から持ってきた魔法瓶の水筒からホットコーヒーを注いで飲む。 うちの子ってば、愛くるしい。(はあと) と思いながら、ふと公園のジョギングコースの外周をゆっくりとしたペースで 走っている男の子を見掛ける。 白に3本線のシャカパンにパーカーでフードを被っていて顔はよく見えない。 「見掛けない子だなぁ。」 何て、ボーッっと見ているとベティの声が聞こえる。 「わん(はあと)」 「うわぁ!!」 男の子のびっくりした声が響きわたる。 見ると、男の子の右足にしがみついて尻尾を振っている。 嬉々として「遊んで!」って感じだ。 「ダメでしょ!ベティ」 私は、彼女を少年の足から引き離して抱きかかえる。 「ごめんなさい。もう、この子ったら!」 慌てて私がそう言うと、 「いいんですよ。たぶん、うちの犬のにおいがついてたのかも・・。」 フードのなかから、はじめて顔が見える。整った顔立ちで、印象的な泣きぼくろがある。 瞳は星がこぼれそう。その目が優しい色を称えている。 私は引き込まれそうになる。 「もしかして、オス?」 「そうなんです。2匹いるんです。」 低めのハスキーボイス。でも甘め。 彼は目を細めてベティを見つめる。 左手で頭を撫でる。薬指にシルバーのクロスリング。 「それじゃ、オレ行かなきゃなんないんで・・。」 丁寧にお辞儀して彼は走って行った。 格好良くて、綺麗な男の子だったなぁ。って横顔だけだけど。 ちょっと頭がポーーーットする。 「まったく、面食いなんだから!」 私はベティにkissをした。 ※ 私は、実家の動物病院で働いている。まだまだ新米なんだけど、一応医者です。 今日はお休みでお昼までまったり出来るはずだったんだけど・・。 病院の玄関のインターホンが鳴る。 「すみませーん。見てもらえませんかー?」 若い男の子の声が聞こえる。 今日は父も出かけてるし、その他の先生も助手さんもいない。 私は慌ててカジュアルなジーパンとアンサンブルを着て飛び出す。 「どうぞー。いいですよ。」 ドアを開けると、若い男の子がミニチュアダックスフントを抱えている。 彼は、私の顔を見つめる。私も彼の顔を見てしまう。 とても整った顔立ちで眉目秀麗ってこういうことを言うんだろうなぁと気になったりする。 どっかで見掛けた顔なんだよなぁ。 「どうしたんですか?」 わんちゃんを受け取って男の子に聞くと彼は心配そうに頭を撫でる。 「なんか、朝から元気がないし、飯も食わないんすよね。」 「わかった、診察するから待っていてくれる?」 彼は頷いて、待合室の椅子に座った。 私は、わんちゃんを診察台に置いて熱を計ろうとする。 「イヤだろうけど我慢してね?」 そう断るけど、上手くいくわけもなく・・。 「わん!!(怒)」 「きゃっ!」 カプッと噛まれる。少し血が滲んできた。 「あの?どうかしたんですか?あっ!」 私の声にびっくりしたのか、彼は診察室を覗いていた。 私に左手にわんちゃんの歯形がクッキリとある。ちょっぴり血が浸みだしてきてる。 「こら!秀ぞう、大人しくしてなきゃ、だめじゃないか!!」 あらら、変わった名前・・。秀ぞうくんて言うんだぁ。 「すみません?大丈夫ですか?」 心配そうに私に声を掛けてくれる。 「ありがとう、怒らないであげて、イヤなもんはしょうがないよね?」 と秀ぞうくんに言う。すっかり大人しくなってる。 「あ!ちょっと手伝ってくれる?」 「あ、はい。オレで良ければ。」 私は何とか彼の助けを借りて熱を計り、治療を無事終えた。 ※ 「良かったな、秀ぞう。」 彼は、わんちゃんを抱きかかえてそう声を掛ける。 「今、薬だすねー。2,3日通って下さいね。」 微笑ましい光景を見ながら、私は袋に薬を入れていく。 「わん!」 っと聞き慣れた犬の声が聞こえる。 「あれ?この犬・・。」 「ベティ、だめよ?あっち行ってなさい。」 私がそう声を出すと、 「ああっ!あの時のお姉さん。」 私は薬を詰め終えて彼に視線を送る。 「あの時?」 そう言えば・・目元の泣きぼくろに見覚えが・・。 この間、うちのベティがしがみついた男の子。 「この間はごめんね。服とか汚れてなかった?」 「大丈夫ですよ。あ、これいいですか?」 あらかじめ渡してあった書類をくれる。彼の名前は・・。 「ああ、いいよ。滝沢くん?」 滝沢秀明≠れ?この子って・・。自分もしかして鈍感? そんなことは気にせず彼は犬を抱きながら私に話しかけてくる。 「いつもあそこで犬遊ばせてんすか?」 「そう、君ははじめてだよね?毎日走ってるの?」 私は、白衣を脱いで待合室から出る。ベティを抱きかかえる。 秀ぞうくんがベティを見ている。 「休む時もあるけど、いつも走っているところは飽きたから別の所にしようと思 って・・。」 今をときめくアイドル。ジャニーズジュニアの滝沢秀明くん。 私でも知ってる、メジャーなアイドルのひとり。 「あの、診察なんですけど・・いつぐらいが空いてます?」 そっか・・私でも知ってるんだもの大変なことになるかもしれないものなぁ。 「都合のいい日でいいよ。連絡くれればいいんだし。」 彼は長椅子に足を組んで2匹を眺めている。 ベティと秀ぞうくんはお互い警戒しているようだ。固まっている。 私が笑っていると、 「オレ、毎朝あの公園走ることにします。その時でいいですか?」 2匹に暖かい視線を送りながら私に聞いてくる。 「いいよ。私はあの時間毎日いるからいつでも言ってね。」 「すみません、またよろしくお願いします、」 そう言って、滝沢くんと秀ぞうくんはマネージャーさんらしき人の運転する車 で帰って行った。 ※ それから毎朝、彼はいつもの時間にやってくる。 「おはよう、滝沢くん。」 「おはようございます。杏奈さん。」 あのあと、診察にも数回訪れたりしてすっかり私と彼は顔なじみになった。 彼は、パーカーのフードを取ってニコニコしながら走って来た。 そこへ、「わん!」とベティが滝沢くんにしがみつく。 「おはよっ。ベティ。」 彼と彼女は無邪気に遊びだす。どっちも可愛いこと。 ひとしきり遊び終わると、滝沢くんは私の座っているベンチに息を切らしてやっ てくる。 「なんだか、うちの子って秀ぞうくんじゃなくて滝沢くんのことが好きみたい なのよね。 見てこの嬉しそうな表情・・。」 「女の子なんだっけ・・。」 笑顔でベティを見てる。私はいつものホットコーヒーを彼に渡す。 優しい眼差し・・少しの間見とれる。 「オレねー、犬に名前つけるなら、ベティにしょうと思ってたのね。偶然でしょ? あと、タイタニックのローズとかジャックとかね。」 「何でまた、秀ぞうなの?」 「いろいろあってねー、これが!それしか反応しなくなっちゃった。」 私は可笑しくて大きい口を開けて笑っていると彼も表情を崩す。 彼女はちょうど私と彼との間に飛び乗ってきた。おや?やきもち妬いてるの? 「そうそう、何で走ってるの?その体型じゃダイエットじゃなさそうだけど。」 「今コンサート中なんで、体力づくりの一環ですね。」 滝沢くんは仕事のことを思い出したのか真剣な瞳で私に答える。 「そうかー、大変だね。あと東京ドームだっけ?」 穏やかに頷いて飲み終えたあとの紙コップをゴミ箱に捨てる。 「じゃ!オレもう行きますね。秀ぞう元気になったんでまたその内連れて来ますね。」 ・・と言い残して走って行った。ゆったりときれいなフォームだ。 短めの茶色の髪が上下に揺れている。私は後ろ姿を見ていた。 「私たちも帰ろうか?ご飯が待ってるよ。」 そう彼女を見るとある方向を見つめて尻尾をパタパタしている。 彼の走っていった方向だった。遊び足りないの?っと首輪に縄をつけて引っ張る。 でも、名残惜しそうに何度も振り返る。 「恋する乙女みたい・・。」 ※ 毎朝、私と滝沢くんは数十分間会って取り留めのない話をする。 何だかそれが楽しみになっている。 変わったところと言えば私は寝癖も直して軽く化粧なんかしてる。 恋をしたのはベティだけじゃなくて私もみたい。 「杏奈ちゃんどうしたの?良いことでもあった?」 「綺麗になったねぇ。恋でもした?」 なんて、動物病院の助手さんや先生にも言われて何となく自分でも気付いてしまった。 私は滝沢くんのことが好きなんだ・・。 確信したのは彼の仕事が朝まで長引いてしまってたった一日会わない事があった。 それだけで、「もう来ないのかな?」「もう、会えないのかもしれない。」なんて一日中考えていた。 おかげで仕事に集中出来ず、父である院長に叱られてしまった。 「どうかした?」 私の横には今朝も彼がいる。 ちょっと上の空の私に少し心配そうな表情でそう話しかけてくる。 「あっ、ごめんね。少し考え事しちゃって・・。」 慌ててそう答える。せっかくの朝の楽しい時間なのに・・。 だけど、コンサートが終わった後どうなっちゃうんだろう。 滝沢くんはまたここに来てくれるんだろうか? でも、そのための体力づくりだって言ってた。 私は不安を隠そうとしていつも通り水筒から温かいコーヒーをカップに注いで手渡す。 その時指先が彼の手に触れる。 どきん そんな些細なことで胸が高鳴る。 「どうしちゃったの?変だよ。杏奈さん。」 彼は本当に心配してくれている。 優しくてあたたかい瞳。何時までも側にいて欲しいと思った。 「ちょっと、仕事で失敗しちゃって・・。」 嘘だけどそう言うしかなかった。 コンサートの後も来てくれる? そんなこと怖くて聞けなかった。 「あと、2公演だよね?」 「うん、来週からまた忙しくなるんだよねー。って今もセットとか振り付けも直したりしてるんだけどね。」 一気に温くなったコーヒーを飲み干す。 元気に伸びをして。「お互いがんばろう」と言って紙コップを私に手渡す。 嘘なのに気遣ってくれている。 「じゃ、またね。」 そう言って帰って行った。私は、走っていく彼を目で追った。 「私たちの気持ちに全然気付いてないよね。」 犬に向かって何言ってるんだろうって思う。 でも、彼女は私の気持ちを察しているのかすごく甘えてくる。 「ありがとう。」 慰めてくれてるのかな?抱きしめてkissをした。 |