Lylica第3章 |
2003年5月 有羽 作 |
もう、3月も半ばに近づいていた。 もうすぐ、コンサート・ツアーが始まる。 そんな訳で、連日のように忙しい日々が続いていた。 彼女にメールできないまま、今日も帰宅が深夜になってしまった。 とりあえずパソコンの電源を入れ、ディスプレイの前に座った。 垰野(たおの)さん へ あれからどうしていますか? 僕はもうすぐ始まるコンサートに向けて、毎日充実しています。 今日は、リハーサルの前に雑誌の取材がありました。 今度のコンサートについての話しがメインだったんだけれど、 その他に恋愛についてのいくつかの質問があったりして、 こんなこと言いたくないけれど、ちょっと苦手・・・。 この仕事をするようになって、いくつかの恋愛もあったけれど、 立場上どこまで正直に話していいのやら困ってしまう。 嘘はつきたくないけれど、活字になると自分の思っていることと かけ離れてしまうことがよくあるんだ。 だから自分の表現で詩や曲を作って、その中から色々と感じとって もらえれば一番いいのに。 ・・・なんて、ちょっと綺麗ごとすぎるかな。まだそんな偉そうな事 言えるほど、実力もないのにね。 そうだ、去年から今年にかけていくつか作った曲があるんだけれど、 感想を聞きたいので、原文のファイルを添付します。 言いたいことズバッっと言っちゃってください。 素直に受け止めて、今後の参考にしたいと思います。 滝沢 メールを送信すると何だか少しわくわくしてきた。 彼女には本音で話せると思ったら、心の奥の孤独の扉が少しだけ開いて、新しい風が吹いてくるような気がした。 いったいどんな返事が返ってくるんだろう? また、今夜も限りなく朝に近い時間になってしまった。 本当に夜が深まれば深まるほど、神経は研ぎ済まされていくから始末が悪い。 ‘俺ってやっぱりオタクなのかな・・・。’ 以前、ドラマのスタッフにこんな風に言われたことがあった。 「タッキーがその容姿でよかったよ。そうじゃなかったら、ちょっとやばかったかもな・・・。」 その時は何言ってんだろうって、気にもしなかったけれど、最近じゃ自覚がある。 だって油断していると、すぐにひきこもってしまうから。 そうだ、マネージャーさんでも誘って、プロレスでも見に行こうかな。 スケジュールの調整してもらわなきゃいけない。 あーあ、俺ってやっぱりオタクかも。 * 滝沢くんに返事のメールを送信して、しばらくした頃、彼から初めてのメールが届いた。 毎日忙しくても楽しいんだろうな・・・などと能天気にしか思っていなかったけれど、彼は彼なりの立場で色々悩んだり、考えたりしながら生きている。 そんな当たり前のことが分かって、何だか生身の人間としての彼を好きになれそうな気がした。 メールの添付ファイルを開くと、彼が作ったという詩がいくつかでてきた。 言葉の表現がストレートで分かり易いものもあれば、ひとつの表現を使いたかったみたいで、無理矢理?な詩もあった。 でも、この詩を頭をひねりながら考えている彼を想像して、とてもほほえましかった。 私にも似たような時期があったかもしれない。 自分が詩を作っていた頃のことを少しだけ思い出していた。 今になって分かることはある。 私がいつも追い求めていた気持ち・・・いつもその瞬間を見つけるとき、私には言葉や情景が浮かぶことがある。 “切なくて幸せな気持ち”・・・それは日常の思いもかけないところにあったりする。 たとえば、滝沢くんが想像だけで作った詩という物語の中にも、それは存在する。 全部が全部、真実じゃなくてもいい。 偽りの中に本当に大切なことは隠れているのかもしれない。 龍一は私にそんな思いをたくさんくれた。 不思議だった。 いつも龍一のことを思い出すとき、とても辛い気分になったのに、今日は何だか感謝したい気持ちになっていた。 過去の自分を思い出すことで、滝沢くんにアドバイスしてあげられるかもしれない。 私は滝沢くんの詩をメモリカードに移すと、それをモバイルと共に外へ持ち出すことにした。 休日の公園、街中の小さなカフェ、彼の詩をいろんな所で繰り返し読んだ。 それはまるで、顔の見えない彼と対話しているみたいで楽しかった。 メールを受け取ってから、三日目の晩、彼に感想の返信メールを送った。 * 首を長くして待っていた彼女からのメールがやっと届いた。 滝沢くんへ メールありがとう! 私には想像もつかない世界で生きているあなただと思っていたから、 あんな風に考えて毎日生活していることを知り親しみを感じました。 それから、送ってくれた詩についてですが、 この言葉はどうだとか、こんな表現をした方がいいだとか 私はあえて言いたくありません。 ただ、それを生業としていこうとする滝沢くんには 時間の制限があるだろうから、私が感じていたことが アドバイスとして通用するのか少し疑問も感じています。 まあ、ありきたりですがもっと本を読むことをお勧めします。 第一に言葉の使い方の参考になるし、感性を養う 為にも手っ取り早いかと思います。 映画をいっぱい見るのもいいかもしれません。 あとは言葉をいっぱい知っている人と会話するとか。 私は小説を読んでその中の大好きな情景を 詩にしてみたり、その中にさりげなく自分の気持ちを ダブらせて見たりして、作ったこともあります。 全部が自分の体験じゃなくても、共感できたり、 そこから何か感じたことがあればそれもありだと思います。 検討を祈っています! 垰野 リリカ 彼女のメールはそれだけで、具体的な感想は何もなかった。 ちょっとがっかりした。 でも、まあいいや。 そのうちいつか彼女の口から‘よかった。’の一言が聞けるときまで、頑張るぞ。 それから、薄々感じてはいたけれど、やっぱりもっと本を読まなきゃいけない。 でも俺、活字って凄く苦手なんだ。 欠かさずに読んでいるものといったら「ゴング」くらいだもの。 それにしても最近は時間が無い。 本を読むどころか、少しでも時間があれば眠りたいのに、コンサート・ツアーが始まればもっと忙しくなるんだろうな。 体が二つあればいいのに。 でも、もし体がもうひとつあったらどうするだろう。 そしたらきっと彼女に会いに行くかもしれない。 会って彼女からいろんなことを聞きたい。 でもそれが叶わない今は、こうやってひたすら、メールの文章の行間に埋もれている彼女のもうひとつの言葉を必死に探しているんだ。 それは真夜中一人で詩や曲を作る作業と少し似ている。 彼女を知ることは、自分の心の奥底を探ることと繋がっているような気がしていた。 つづく
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