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Kissの奇蹟 第5章
a miracle kiss
2003年7月
しいな 作


 マンションの部屋に入るとまだ・・兄夫婦は帰って来てなかった。
私は、夕食の支度をしようと冷蔵庫を開ける。
居間を覗くと和ちゃんが教育番組を真剣にじ〜っと見ていた。
お米を研いで少し蒸らす。
今日の献立はビーフシチュウで付け合わせにスープとサラダも作る。
そういえば・・前に作って持って行ったことあったっけ・・。
それは、日々偏りがちな食生活にちょっと潤いが欲しいと彼が言ったので 作ってあげたのだった。
ふと・・今日の滝沢くんを思い出す。
暖かい眼差し・・私を抱きしめる腕・・。
ほんとうは・・あのまま・・側にいたかった・・。
でも、一方では・・私は幸せになっていいのか・・。
あいつを亡くした時は・・あいつ以外は好きにならない。
一生なんて結婚しないって堅く誓ったのに。
そんな想いが頭を過ぎってしまった。
だめだなぁ・・3年も経ってるのに全然成長してない。

そんなことを思っているとドアホンが鳴った。
それを聞くと和ちゃんは玄関に走っていった。
「ただいま〜っ。」
2人がドアから現れると兄に飛びついた。
「おかえりなさ〜いっ!」
兄と姉は嬉しそうに和ちゃんを見つめる。
私も2人を出迎える。
「お帰りっ。今日はビーフシチューだよっ。いま、温めるね。」
そう言ってキッチンに戻る。
15分後には、食事の準備が出来ていた。
4人で食卓を囲む。
和ちゃんが今日一日会ったことをたどたどしく話す。
「たっちぃがおむかえに来て・・くれたの〜」
正確には、私と滝沢くんなのだが・・私は、和ちゃんの口の周りを拭く。
「へぇ〜良かったわねぇ。」
兄と義姉がそう答える。
なんて家族の団欒。
やがて和ちゃんは船を漕ぎ始める。
カクンカクンと首を前後に揺らしイスから落ちそうになる。
私は、そのままベットに寝かしつけた。

そういえば・・授業の前に大切な話があるとか言ってたよね。
私は、一体なんだろう?と聞いてみると、
「ああ・・そうだ。実は、オレ・・転勤決まったんだ。」
兄がお酒とおつまみを食べながら言った。
「転勤?時期ずれてるよね・・どこ?」
「ロス・・アメリカね。」
義姉が私をじっと見つめる。
「ええっ!?それって・・そしたら?お義姉さんと和ちゃんも?」
ちょっと・・動揺?してるかな?
「本当は、単身赴任とも思ったんだけどな。家族が離れるのは良くないだろ?」
「うん・・じゃあ・・ここは?引き払っちゃうの?」
私もお酒をちょびちょびと戴く。
「さくらだけじゃ・・広すぎでしょ?人に貸そうかと思ってね。 だから、さくらの新しいとこも探さないとね。」
一人暮らしかぁ・・ちょっと不安かも。
そして和ちゃんとも離れて暮らす事になる。
何だか・・周りはどんどん進んで行くのに私だけ取り残されて行くみたい。
「なあに?神妙な顔つきしちゃって〜今度、部屋さがしに行こうよ。 お金は心配しなくていいからね。」
頷く私。
お風呂に入って和ちゃんの寝顔を覗いて部屋に戻る。
今日は、久々に落ち込んでるかもしれない。
和ちゃんの成長が楽しみでいた・・仕方がない事だとも分かってる。
家族に守られていた私・・ひとりでやっていけるのだろうか。
そんな事を考えながら眠りにつく。




 夢をみた。
懐かしい映像が流れる。
何度も一緒に訪れた海の映像だった。
ひとりぼっちの私は、波をずうっと見ていた。
突然・・私に影がかかる。
それは、ずっと会いたかった人だった。
すごく懐かしくて・・会えて嬉しかった。
でも・・手をさしのべようとすると霧のように映像が消えてしまった。
−オレも会えて嬉しいよ。元気そうで安心した。−
空から・・声が響く。
私は、彼の名前を呼ぶ。
−もう・・オレの事は、忘れていいんだよ。−
私は、首を振る。
−さくらは、ひとりじゃないよ。ちゃんと、周りを見てごらん?−
私は、あたりを見回す。
誰もいない・・誰も私の周りにいない。
嘘・・うそばっかり。また・・私をひとりにするんだね。
−ホラ・・良く見て・・だから、オレも忘れるよ。−
私は、彼の名前を叫ぶ。
−ホラ・・いるじゃん。元気でな。−
安堵したような・・安らかな声。
私は、海に飛び込もうとする。
すると・・ふわっ・・と甘い香りが体中を包む。
後ろから羽交い締めに抱かれる。
この・・甘い香りは・・誰?
振り返ろうとすると・・

「きゃ〜あ・・さ〜ちゃっ!おあよっ!」
甲高い声とともに3歳児の全体重が私の逞しくない体に直に重みが加わる。
どうやらダイビングされたらしい。
「げふっ・・和ちゃん・・重い・・」
思いっきり目が覚めた。
振り返ったら・・誰がいたんだろう・・。
あの甘い香りはどこかで・・・
「もぉ〜おひさま・・にこにこしてるよ。」
朝から元気な保育園児は、制服に着替えていた。
「うん、起こしてくれてありがと。・・和ちゃん・・大きくなったね。」
しみじみ言うときょとん?と和ちゃんは私を見る。
ほんと・・はじめておしめを変えてから3年。
向かい合って抱くような格好の私たち。
抱きしめて立ち上がる。
ずっしりと重みが両手にかかる。
はぁ・・抱きかかえるのも一苦労。
「和ちゃん元気でね?」
またまた・・きょとん!?としている。
ま・・いいか。
世界は広いけど会えないワケじゃないもんね。
そういえば・・いつ行くんだろう?
「先にあいつが行って・・私とさくらは後から行くのよ。
手続きもあるし荷物もまとめないとなんないしね。ああ!!部屋も決めないと!」
私は、のほほんと紅茶とトーストを食べる。
お兄ちゃんは、今月末で義姉と和ちゃんは、6月中旬に向うらしい。
また・・中途半端だなぁ。
「タッキーのコンサートだけは見て行かないと!」
成る程・・そういう事か。
この状況だとコンサートツアーには里帰りするかもしれない。
と私は心の中で思った。




 不思議な夢を見た
行った事がない浜辺・・砂浜。
ぽつんと見覚えのある人影。
さくらさんが肩出しキャミソールのワンピースを着ていた。
この辺は・・オレの好みがでてるなぁと夢の中で思ったりして。
ふと・・彼女は、すぐ右側を見てなんとも言えないような微笑みを浮かべる。
懐かしい人を見るようなそんな感じ。
手を差し伸べるんだけど空を切ってかわされる。
彼女は、上空・・青い空を見上げて何か叫んでいる。
オレは、歩き出し・・走り出す。
ふと・・オレの目の前に知らない男の人が立っていた。
どこかで見たことがあると思った。
−手を出して・・−
オレは、躊躇することなく手を伸ばした。
手をバシッとタッチするように叩かれた。
映像は、消えてオレは見失う。
−バトンタッチ・・!−
背中を押される。
オレは、何が何だか分からないまま・・。
目の前にはさくらさんが海の中に入って行こうとする。
オレは、無我夢中で止めようと後ろから抱きしめた。

ドカッ!
腕がモロ顔に入る。
腕の主はスヤスヤ寝てやがる。
オレのDンボを抱きしめて気持ちよさそう。
オレは・・一気に目が覚めた。
な・・なんて夢だろう。
あのひと・・どこで見たんだろう。
すごい・・リアルな夢だったなぁ。
タッチした手の感触と華奢な体を抱きしめた感覚ははっきりと覚えていた。
あれからさくらさんと連絡を取ってない。
立てかけてある写真集を見つめる。
今度あったらほんとにケンカしてしまいそうだ。
なのに夢まで見ちまうなんて・・とことんスキなんだなと改めて思ったりして。
オレは、時計を見る。
まだ・・朝方だった。
コンサートも残り横浜で終わり。
もう数日後だった。
それが終わったらドラマモードに突入する。
写真集を渡すタイミングをどうしたら良いもんかなぁ。
もう一度ベットに転がる。
隣では、まだスヤスヤと寝ている。
何で・・野郎とベットに一緒に寝なきゃなんね〜んだよ。
さくらさんだったらなぁ・・なんて考えになってしまって結局2度寝は 出来なかったオレだった。


つづく


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