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笑顔の行方 V____ 最終章
2001年2月
しいな 作


 意識が朦朧とするなか・・秀くんを見たような気がする。
なんか・・秀くんの声が聞こえた・・。
空耳?幻聴?
目を開けると・・自分のアパート。
あれ?どうやって帰ってきたっけ?
何だか熱っぽいし・・まぁ・・いいや。
這うように寝室のベットまで行く。
コートを脱いで着替える・・ううっ寒っ。
「えっと・・パジャマは・・。」
私はベットに置いてあったものを掴んでフラフラになりながら着る。
終わった後、ベットに仰向けに倒れ込む。しんどい・・。
「ひ〜 な〜 た〜さん?」
どこかで聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
また・・幻聴が聞こえる。
頭がぐるぐるする。
「また・・だ。秀くんの声が・・。」
「もう、しっかりしなよ。ほら、薬。」
私は、言われるまま起きて渡された薬・・錠剤を口に入れる。
「はい・・水。」
コップに水が入ってる。
ひんやりとして美味しい。
なんとなく少し楽になる。
ちょっと、ぼんやりしてた頭がすっきりとしてきた。
ふと・・見上げると・・そこにいたのは・・。
「あれ?何で・・ここにいるの?」
間の抜けた声を出す私。
幻じゃなかったんだ。
「重症だね。オレに気づかないなんてさ。とにかく寝てなよ。」
そう言って私の額に手をあてる。
「すごい熱じゃん。びっくりしたよー。車に寄りかかってうずくまってたから・・。」
あそこから・・運んでくれたんだ・・。
おっ・・重くなかった? と聞くと、
ああ・・ちょっとね。≠ニ悪戯っぽく笑った。
切なくなるほど胸が苦しかった。
風邪のせいかな・・。それとも・・。
彼は私の目の前にしゃがんでる。
ちょっと心配そうな表情。
会いに来てくれたんだね・・。
「じゃ・・オレ・・隣にいるから何かあったらいってよ。」
と立ち上がって出て行こうとする。
頭が・・なんとなく冴えてきた私は、思わず彼のジャンバーの裾を掴んだ。
「日向さん?」
「側にいてほしいの。」
思い切って私は彼に言った。
熱のせいもあるかな・・一歩も踏み出せない私は、こんな時じゃないと言えないと思ったから。
彼は少し驚いたみたいだけど、頷いて答える。
「うん・・いるよ。」
「違うの!」
「何だよ?熱のせいかな・・子供みたいだよ。」
笑って彼は私が座っている隣に腰掛ける。
「ずっと・・側にいて欲しいの。今だけじゃなくて・・これからも・・ずっと・・。」
私は秀くんの端正な顔を見つめる。
「それって・・あの・・。」
彼は・・私の顔を覗き込んだ。
「うん・・秀くんの事が好きなの・・。」
彼の美しい瞳が一瞬見開いた。
「あの日から・・何日かたってるけど、ダメなの・・あんな事になって 嫌われてるんじゃないかって。秀くんのことばっかり考えてた。
仕事にはなんないし、おかげさまで・・風邪ひいちゃった。」
もう、心臓バクバク。
何言ってるか、わかんなくなりそうになってると、彼に突然抱きしめられる。
「ひ・・秀くん。」
「オレも・・日向さんの事が好きだよ。」
いつもの低めのハスキーボイスがさらに掠れた声が耳元で囁いた。
「本当は、あの時にあの人にビシッと言いたかったけど。」
抱きしめていた腕が緩む。
私と彼の視線が交わる。
彼の整った顔がゆっくり近づいてくる。
右手が私の肩をやさしく掴んだ。
私は自然と目を閉じる。
柔らかな・・感触。
涙が溢れて流れる。
キスの味はしょっぱくて・・塩味だった。
「えへへ・・うれしい。」
恥ずかしさと照れで笑ってしまう。
すると彼は両手の親指で私の流れる涙を拭ってくれる。
真剣な表情・・。
「あ・・。」私はあっという間にそのまま押し倒される。
そのまま・・私に覆い被さって・・再びキス。
さっきのは塩味だったけど・・すごく甘かった。
「ごめん・・病人に何やってんだろうね。」
唇が離れると、私に静かにそう言って笑う。
頬に伸びかけの艶やかな黒髪が垂れてる。
心臓が破裂しそうなくらい美しい微笑だった。
さっきまで・・熱でうなされていたんだけどな・・。
本当に秀くんは私の特効薬だと、確信した。
「風邪・・移るかもね・・。」
「いいよ。日向さんの風邪なら移っても。」
私達は、くすくすと笑いだす。
「仕事に穴開けてもしらないよぉ。?」
「あっ・・オレ、風邪は引かないよ。自信ある。」
私は、少し考える。
秀くんは、 ん?≠ニ目で聞いてくる。
「ねぇ・・汗かくと熱下がるって本当かな?」
私は、見下ろしてる彼に向かってそう言った。
同時に背中に手を回す。
「さぁ?・・聞いたことあるけど・・。ってちょっと。」
秀くんはしがみつく私に慌ててる。耳まで真っ赤。
「ためしてみよっか?」
悪戯心でそう言っちゃった。
何て・・大胆なんだろう。天井を見ていた。
反応を伺っていると彼は・・じっと壁を見つめていた。
そのまま・・しばらく、私達2人は固まったままだった。





仕事中に携帯の音がなる。
もう・・誰っ。と出ると・・彼女だった。
片桐翔子だった。
なんだようとスタジオの外にでる。
「やっほー!元気してましたか?」
明るい声・・何かあったな?
「元気だよ。そっちこそ・・声1オクターブ高いじゃん。」
「うふふっ。わかるぅ?お見合いしてさぁ・・。コレがまたいい人なのよ。」
「そう・・良かったね。」
私は呆れつつも素直にそう言った。
「ねぇ・・三浦くんからTelもらった。」
高かった声が低めに変わる。
「何か言ってた?」
「うーん・・それが、『彼に謝っておいて欲しい。』って伝えてって言われた。
あとは、『すまなかった・・。お幸せに。』って。」
私はスタジオの入り口のすぐ壁に寄りかかってる。
「ねぇ・・三浦くん・・フラレちゃったの?」
「まぁ・・そうだね。でも、三浦くんにはちょっとだけ感謝してるの。」
後で聞いた話だと、秀くんはかなり三浦くんのことが相当・・気になっていたみたい。
電車で私を捜してた話は、さすがにびっくりしたけど。
「だから、まぁ・・気にしてないよ。」
「ふーん。じゃさ・・その年下の彼とはどうなったの?」
興味津々。耳がダンボ状態だね・・。
「今度・・紹介する。」
「そうなの?良かったじゃーん。じゃ、あたしの方も上手く行ったら連絡するね。」
というと「バイ!」とすぐ電話を切られた。
きっと・・腰抜かすな・・。
想像して笑ってしまう。
ふと、いきなりドアが開く。
「いいかげんに・・しろ!」
上司のきついお叱りだった。(悲)





 目覚まし時計の音がする。
私は手を伸ばして止める。
時間を見るとすっごく早い時間だった。
ああっと自分ん家 と勘違いする。
まだ・・起きなくていいんだった。
なんて考えて布団に潜り込む。
「あったかーい。」
温々としていて・・横にある意外と逞しい背中を見つめる。
相変わらず・・美しい肩胛骨。
「起きないの?」
声を掛けると・・「う・・ん・・。」と呟く。
彼は二度寝が大好きだった。          
寝返りをうって目の前に瞳を閉じた端正な顔がある。
もう少し・・10分程で彼は目覚めて仕事に行く。
この間の寝顔が大好き。
最初に出会った時と同じシチュエーション。
ただ違うのは、私と彼が見知らぬ者同士だったこと。
今は恋人同士。
彼が起きるまでずっと寝顔を見つめている。
起きて言うセリフは決まってる。
「いつまで・・見てんの?」
・・といたずらっぽく優しさをたたえた瞳で聞いてくる。
そして・・私もいつも通り答える。
「ずっと・・。」
そう言うと、彼の極上の笑顔がそこにある。
笑顔は私達2人のもとにあるのだ。
ずっと・・いつまでも。


― Fin―


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